一章 静寂

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俺が小学生の頃 父は離婚した。 父は気弱いサラリーマンであったが、正義感に満ち溢れていて休みの日は疲れた体を押して公園 遊園地どこへでも連れて行ってくれた。 そんな父を前妻は捨てた。 イケメンホストにつられて、不倫を目撃され、あんたなんか愛してないよと酷く罵られゴミのように捨てられた。 しかしそんな父は変わらず男手一つで育ててくれた。 離婚調停は前妻の不倫が原因とされ父は勝訴した。 暫くは嫌がらせメールが続いたが気づいたらそんなメールもピタッと止んだ。 俺が中学生になった頃に今の母と出会った。 (今となっては母とも呼びたくもないが) 母は父がよく通っていたバーのママだった。 常連になっていくうちに恋が芽生えて、俺に内緒でデートもしていた。 初めてあったのは結婚が決まる一ヶ月前 スラリとしたショートロングに30代中頃には見えないツヤツヤとした肌に、キラリと光る唇 あまりにも美人過ぎて 我ながらに照れ、話しかけられなかった。 そんな母は可愛らしい声でこんにちはというと、頭をぽんっと撫でてくれた。 これが初恋なんだなと勝手に自覚していた。 それが最初で最後の絶頂であった。 結婚してから、稼ぎがあるからという理由でバーのママを辞めた。 スッピンの母はまるで別人だった。 所々にシミが目立ち、目の下にくっきりとクマが出て鼻毛が少し伸びたように見える。 四十代後半に見られてもおかしくなかった。 メイクで全てごまかされた母は 性格までも化けの皮がはがれた。 父のいないところで俺は召使いのように扱われた。 できない料理を強要させられ、不味いとその場で捨て飽きるまで罵声を浴びせられる。 かと思えば父が来ると、豹変したかのように大人しくなる。 高校生になりエスカレートしていった。 父がいてもお構いなしに殴り蹴りを入れられ、掃除が汚いと雑巾を顔に投げつけられもした。 そんな日々が三年も続いた。 実家から少し離れた工場に就職先が決まり、一人暮らしの準備をしていた頃 母があの頃のように俺に近づき、涙を流した。 「今までごめん だから帰らないで。 一緒にいたいの。」 「ありがとう でも一人暮らしすることにするよ。 あなたのおかげで色々経験が積めたから。」 そう言い残し実家を離れた。 父の瞳の奥に無常の悲しみが見えた気がした。
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