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 夕方になって例の美女が、いや、オカマの恋花さんが手土産を持って遊びに来た。 「昨日はお土産ありがとう。よかったら、これ食べてね」  彼女が取り出したのは、田舎から送って来たという梨だった。 「昨日持って来ようと思ったんだけどー、ちょっと遠慮しちゃった」  俺たちの顔を見てニッと笑った後、俺に聞いた。 「篠原君。身体、大丈夫?」 「あ? え、はい……」  バレバレだよ。恥ずかしいなあ。俺の顔、真っ赤になってないか?  彼女が持って来た梨を剥いて、ついでにお土産の外郎も一緒に出して、榎木が俺の隣に座る。チラッと見ると榎木の顔も赤い。 「いいわねえ。初々しくて」 「あのっ、恋花さんは恋人はいないんですか?」  これ以上、からかわれるのも何で、焦って反撃してみる。 「いない事もない訳じゃないけど――」  訳の分からない返事が返ってきた。 「恋花さんはこんなに綺麗だからもてるけど、本命は居ないってことですか?」  想像と勘でそう聞くと真面目な顔で頷く。 「中々上手く行かないのよね」と上品に塗った唇を尖らせて溜め息を吐いた。  色っぽくて綺麗だ。榎木はこんな綺麗な恋花さんじゃなくて、俺でいいんだろうか。教えてもらったって言っていたし――。 「そのう……」 「あら、なあに?」 「榎木に教えたのって、どの程度……」  途端に恋花さんがキャラキャラと笑い出した。 「あほっ」と榎木が俺の頭を叩く。 「いてえな。何すんだよ」 「いや、篠原君ってマジ面白いわ。こんな子だったら、あたしも勃ったかも」  恋花さんの爆弾発言。 「冗談でしょう。ビデオと本を借りただけだ」  榎木は前半を恋花さんに、後半を俺に向けて言う。  ちょっと気になっただけじゃないか。何も睨まなくてもいいだろう。  そこに隣人の山田と鈴木がやって来る。 「何を盛り上がっているんだい」  昨日の狼狽振りは何処へやら、山田も鈴木も落ち着いたものだ。 「お土産ありがとう。これ、俺んとこで扱っている国産ウナギ。中国で獲れてこっちで加工したんじゃなくて、ちゃんと日本育ちのウナギだからな」  鈴木が蒲焼の入ったパックをくれる。 「あ、ありがとうございます」 「それで精をつけて頑張れよ」と真面目半分に榎木を冷やかしている。  いやもう、頑張るのは当分先にして欲しい。腰は痛いし、身体はだるいし、あそこも変だし……。  そう思ったのが顔に出たのか、山田がよしよしといった感じで俺の肩を叩いた。 「そういえば山田さん。恋花さんとの三角関係はどうなったんですか?」  山田は恋花さんに慰めてもらったらしい。俺たちがいない間に、何時何処でそういうことになったんだ!? 「いや、三角関係って云うかだな。俺がアパートにちょっと様子を見に帰ったら、この人が居たんだ」 「あら、あたしはちょうど引っ越し先を探していて、ここの隣が空くって聞いたから様子見方々ちょっと来てみたの」  恋花さんが横から言う。  もしかしたら、隣は山田と鈴木に恐れをなして引越ししたのかも。 「お前らもう帰省していてさ、鈴木は遅いし、つい彼女の店で話し込んだ訳だ」 「それだけ?」 「大人の話だ。それ以上聞くな」  山田の場合はそれだけではなかったらしい。チラッと榎木を見ると肩を竦めた。  俺は榎木をちょっと疑ったんだけど、そういう風に取らなかったらしい。余計なことに口を出すなってことか。いいけどさ。  大人というのは色々複雑な事情があるようだ。それとも俺が単純なのか。  皆が帰った後で榎木に聞く。 「学校に行って、また皆にからかわれたらどうしよう」  こんなにバレバレで、友人たちにもばれたらどうしよう。 「いつものことじゃん」 「へ?」 「お前、いつも真っ赤になって違うって喚いているだろ。あれって、図星さされて慌てて言い訳しているっぽい」 「う……」 「何か意味があるような気がしてさ。お前見てたら可愛くなって……」  これって告白? 「隣にそういう奴もいるし、こういうのもあってもいいんだとか思ってさ――」  キッチンのテーブルに座って、榎木はそっぽを向いて話している。 「まあ、夏休みに一度、頭を冷やして考えてみようとは思った」  そうだったのか。  何か、ここで榎木と暮らすようになってからの事が、頭の中で出来の悪い映画の予告編のように次々と浮かんでは消える。目がウルウルと潤んでくるのはどういうわけだ。 「それにしても、引越しせずに済んでよかった。面倒だし」  オイ。 「榎木。お前って、引越しが面倒だから、俺と――」 「あほ」  榎木の手が伸びて俺の頭を叩く。  痛い。叩くなよ。 「男と男がくっ付くのは、もっと大変で面倒くさい事なんだぞ。それでもスタイルが出来たら、隣の奴らみたいに認められる。それぐらいちゃんと自覚しろ」  いや、自覚してるけど、榎木って亭主関白って感じ。少し拗ねたい気分。 「せっかく貰ったんだから、今日は鰻丼にしようか」  榎木が立ち上がって、貰った蒲焼を手にキッチンに向かう。 「あ、うん!」  ダメじゃん、俺。食い物に釣られてさ。きっと、ずっと、榎木は亭主関白なんだろうなあ。   終
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