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『アイビー嬢、どうか僕と結婚してほしい』
『エリックさま、喜んで』
社交界の憧れの君であるエリックさま。彼からのプロポーズを受けた時が、私の人生で最も輝いていた時間でした。地味で目立たない壁の花どころか、壁の蔦が注目を浴びたことがそもそもの間違いだったに違いありません。
『地味で陰気臭い』
『正論ばっかりで可愛げがない』
『見ているとイライラする』
祖母によく似た顔立ちの私のことを、息子である父も嫁である母も毛嫌いしていました。妹ばかりを可愛がる両親のもとに、居場所などありません。かといって、子ども嫌いの祖母もまた私を引き取ることをよしとはしませんでした。
行儀見習いという形で親戚宅に預けられたものの、厄介払いだったことは明らか。後ろだてのない私に誰が優しくしてくれるでしょう。雇われた侍女たちよりも厳しく当たられ、そのくせ給料など出ようはずもないのです。そんな私が、付き添いで参加していた夜会で、エリックさまに見初められるなんて夢物語としか言いようのない出来事でした。
『一目見たときにわかりました。僕には君しかしないと』
情熱的とも言える愛の言葉は、社交界の話題になりました。私を嫌い抜いた両親や妹でさえ、喜び勇んであちこち私を引っ張り回したものです。祖母は自慢の孫だと鼻を高くし、親戚は行儀作法を教えたのは自分だと胸を張っていました。
彼らの掌返しに思うところもありましたが、それでも初めて人生の主役になれたことが嬉しかったのです。落ち着いて考えてみれば、エリックさまが私を選んだ理由など簡単にわかったでしょうに。
『きっと君となら、僕は幸せになれると思うのです』
今思えば、彼は「幸せにする」とは言いませんでした。そういう意味では、確かに誠実で正直な方だったのかもしれませんね。「僕は幸せになれる」、その意味を捉えられなかった私は結婚してすぐに、理想と現実の落差に苦しむことになったのです。
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