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白粉は、はたり、はたりとはたかれた。
細やかな白い微粒が荒れた肌を覆い隠し、綺麗にならしてゆく。
浅香は玉響の身支度を手伝う手を止め、感嘆を漏らした。
「……綺麗」
浅香の称賛を受け、玉響は苦笑にも似た微笑を浮かべる。
今、浅香の豊かだった長い髪は短く切り取られ、代わりに玉響の短髪に丁寧に編み込まれていた。
決してほどけ落ちぬようにと結わえられた豊かな髪が、玉響の肩から背へとゆるやかに流れる。
口元に差された紅が艶やかに色を添えたことで、玉響の表情はぱっと明るく華やかなものとなっていた。
浅香を逃す上で、玉響は自分が浅香の代わりとなって儀式に出ることを提案した。
贄となる娘の存在だけはどうしてもごまかしのきかぬものであったからだ。
水神のもとへと渡る娘には、儀式の前、身支度の為の天幕が張られる。
彼女たちのいるこの天幕は外界から閉ざされた空間であった。
贄となる神聖な娘が指定した女以外の里人の出入りが禁じられているだけでなく、月の出の時分となり娘が天幕の外へと出た後には夫となる水神の許可なく誰かと語らうことも許されない。
薄く長い紗の被衣で姿を覆われた娘は、例え中身が入れ替わっていたとしても一目で見分けられることはないだろう。
彼女たちは、古来より引き継がれてきた伝統の手法を逆手に取ることにした。
浅香と玉響の最も顕著な違いは髪の長さのみ。
浅香は小刀で手早く己の長い髪を切り落とすと、玉響の短い髪へと結わえたのだ。
浅香は玉響の姿に見入っていた。儀式の衣装を身に纏った玉響の姿は例えようもなく美しかった。天女というものがいたのなら、こういうものであろうと浅香は思った。
玉響が纏う希薄さが、彼女の神々しさを増していた。
しばらくどこか違う場所を見続けていた玉響は、浅香の視線に気づいて口を開こうとした。
しかしその時、天幕の外から声がかかった。
内はもう薄暗い。
陽が完全に沈んだのだ。
「さぁ、浅香様。もう下女は天幕の外に出なければならないようです。どうぞお気をしっかりと持って。きっと大丈夫ですから」
「だけど……」
「浅香様」
別れの時となって逡巡を見せ始めた浅香に、玉響はぴしゃりと言った。
対する主人を厳しい目で見据える。
「よいですか、浅香様。三津蔵の家に白羽が立ったのは、私があの家に住まわせてもらっていたからです。最も水神に近しい私があの場にいたからなのですよ。それ以外に理由はないのです」
今にも泣き出しそうな浅香に向かって、玉響は優しく苦笑した。隠しきれぬ荒れのある掌で、玉響は浅香の両頬を包み込む。
「浅香様、私は私のあるべき場所へ行くのです。だから、あなたもあなたがあるべき場所に。幸せになってくださいね。私も兄もそう願っていますから」
さぁ、と浅香はとうとう玉響に追い出されるようにして天幕から出た。
一度だけ、もう中は見えない天幕を振り返る。そうして、彼女はその場を離れた。
浅香はなるべく己の顔を隠すようにして歩いた。
しかし、奴婢の身分を示す短髪の女に今更目を向ける者はいない。
彼女は儀式を見物に来ている里人たちの間を抜けると、庫侘が待っているという場所に向かって駆け出した。
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