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次に妙が目を覚ました時も、少女の下腹部にはゆるやかながら鈍痛が残っていた。
全てが抜け落ちてしまった心地を覚え、彼女は天井に向かって少年の名を口にした。
「――妙! 気がついたんだね」
かすかな床擦れを聞きつけた母は声を震わせて、娘の右手をとった。
母は両手で握りしめた娘の手を頬に擦り寄せる。母の眦から零れた滴が、熱さを伴って妙の腕へと伝った。
「お前……っ! お前様っ! 妙が目を覚ましましたよ!」
母は手を握りしめたまま、朗らかな顔で襖の外に向かって呼びかける。
廊下に控えていた下女の一人が、すぐさま主へ知らせをやりに場を去ったのだろう。木板を滑り行く衣擦れが聞こえた。
「かわいそうにねぇ」
母は妙の腕を擦りながら、娘に話しかけた。筋道がつくられてしまった頬の上を、また涙が滑り落ちた。
「妙、お前は母となっていたんだよ」
「…………い、た……?」
「捨ててしまおうかと思ったのだけれどね」
母は、娘の背に手を回し、支え起こしてやった。
未だ視点の定まらない妙の膝に綿布でくるんだ包みをいたわるように置く。包みを丁寧に解き開きながら、母は「お前くらいの年頃だとよくあることだ。だから気に病むんじゃないよ。お前はたった一人でよく守ったよ」と妙に話しかけた。
開かれた布地に乗っていたのは赤黒いだけの血の塊だった。
白い綿布の中で、血潮は広がりを止めて黒々と固まっていた。それだけだった。
妙は際限まで眼を見開いて、形を成していない血の塊を見下ろした。
熱い塊が胸を突き上げ、彼女を苛む。それは、嘔吐感にも似ていた。けれども、彼女がしたことは、結局のところ涙を流すことだけだった。
布の包みを抱きしめてむせび泣く妙の背を母は何度もさすった。
その時。
ぴしゃり、と勢いよく襖が開け放たれた。
開いた襖もそのままに、ずかずかと寝間に入って来た益斎の里長――涼瑪は妙の手から布包みを奪い取ると、醜い塊を固い木板に思い切り叩きつけた。
妙は涙で汚れた顔で父を見上げる。涼瑪は容赦なく娘の頬をぶった。
「お前はっ……お前は何をしたのかわかっているのかっ!?」
倒れて、床に手をついた妙の表情に恐怖はなかった。怒りに肩を震わせる父に詫びることもせず、彼女は父に奪われた包みに震える腕を伸ばす。
しかし、父はそれを許したりはしなかった。娘の豊かな髪を力任せに引っ掴んで、彼女を止める。
「――っ!」
突如髪を引かれて、無理やり頭を持ち上げられた妙はわずかに眉を歪ませ呻いた。引っ張られているせいで、顔の表皮が突っ張っる。
里長の妻は、夫が他方で手にしている獲物が何であるかに気付いてさっと血相を変えた。夫の袖に必死に追い縋って、止める。
「お前様! お前様っ、どうかそれだけは……それだけはおやめください!
――ああっ……ああああああっ!」
妻の渾身の懇願に耳も貸さず、涼瑪は手にした小刀で娘の髪をざっくりと切った。
ふっと掻き消えた引力に、妙はまた床に倒れ込んだ。
目の前で、ばらばらと濡れ羽の長い髪が散る。母がすすり泣く声を、妙はどこか遠くの場所から聞こえてくるもののように聞いていた。
ぼんやりと、妙は己の髪を切った父を見上げる。そこには憎々しげに顔に幾筋もの皺を寄せ刻んだ父の姿があった。
怒りを抑えた低い声音が寝間に淡と落ちる。
「出て行け。今すぐこの家から出て行け」
涼瑪は小刀の刃を鞘に仕舞い、開け放したままの外を指し示す。
それ以降は、もう見たくもないとでも言うように、彼はきつく目をつむった。
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