<1・であう。>

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<1・であう。>

 その場所は“捨てられの森”なんて、実に不名誉な名前で呼ばれていた。  理由は単純明快、その森にはあらゆるゴミは不法投棄されるからである。よその国では見られない頑丈な“カズマの木々”が、ちょっとしたゴミならなんでも分解して栄養にしてしまうのだ。だからこそ、小さなモンスターや子供か何かがうっかり迷い込むと、木々に食われて二度と戻って来られなくなったりするのだが。  そんなバケモノのようとも称される木々が鬱蒼と生えたこの森に捨てられるものは、無機物ばかりではない。  国から追放された犯罪者、食い扶持を減らすために捨てられた子供、厄介者扱いされた元英雄から傭兵の一族に不適格と言われて置いてけぼりにされた無能な人間まで。無論、他の動物やモンスターが捨てられるケースもちらほらと。  この森の神に認められた者は、森への永住を許される。カズマの木に飲み込まれることなく、森の住人として愛され守られるようになると言われている。  その資格がどういったもので選ばれるかは定かではないが、森の言い伝えではこうなっていた――愛がある者は認められ、受け入れられる、と。 「んあ?」  そして、今日もまた。森に住む一人の男が、ご丁寧に段ボールに入った生き物を見つけていたのだった。  生き物だ、というのはすぐに分かった。なんせ男が見ている目の前で、ごそごそがさがさと蠢いていたのだから。 「おいおいおい……また捨てられたやつかよ。ていうか、生き物を段ボールに詰めんじゃねえ。……ああ、ガムテープこんなにぴっちり貼りやがって。窒息するじゃねえか」  男は名前を、ジム・ストライクという。この森で、ちゃんと苗字がある人間は珍しいが当然理由がある。男は本来、由緒正しき魔法使いの一族に生まれた人間であったのだ。ところが生まれてすぐに魔力検査で、魔法使いの一族なのに魔力がゼロというとんでもない結果を叩き出し、そのまま森へと捨てられたのである。  以来四十二年間、この森で生活しているというわけだ。森の木々が、男を受け入れ、育て上げてくれたというわけである。  ジムにとってこの森は母親であり父親でもある存在なのだった。ゆえに、この森に“捨てられたもの”があるかどうか、確認しにいくのは暗黙の了解でジムの役目ということになっている。森でも数少ない、外の世界の文字が読める人間ということもあるからだろう。  捨てられたゴミも人間もモンスターも、大体が町へ続く森の入口に捨て置かれるのである。普通の人間は、これ以上森の中に踏み込んで荷物を置いていく度胸なんてないからだ。 「ああもう、雨降ったばっかりだってのに」  ジムは愚痴を漏らしながら、雨露に濡れた段ボールのガムテープを剥しにかかった。この段ボールが置かれてからどれくらい過ぎたかわからないが、こんなにぴっちり閉じられていては窒息してしまうのも時間の問題だろう。  捨てた奴は、此の中身の生き物が死んでもいいと本気で思っていたとしか考えられない。実に忌々しい話である。 「よし、剥がれ……どわああああ!?」  ガムテープを剥した次の瞬間。段ボールの蓋が開き、そいつは勢いよく飛び出してきたのだった。驚き、思わずその場に尻もちをついてしまうジム。  青い、透き通るようなゼリー状の体。その上部には、小さな黒い目玉がついている。ジムは目をまんまるにしてその生き物を見る。その姿は、どう見ても。 「す、スライム?」  呼ぶとそいつは、黒い目をくりっと動かして、ジムの腹の上で飛び跳ねたのだった。
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