うれしい予感

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うれしい予感

△ 突然、死んだモルモの事を思い出して胸が痛くなった。 茶色いとら猫のモルモは僕の愛する相棒だった。そのするどい爪はソファの天敵であり、時折僕の手をも引っ掻いた。 眠っている背中に鼻をくっつけると太陽みたいな良い匂いがした。 モルモが死んだことを僕はまだ受け止められていない。そうする気もない。 そもそも大切な存在の死を受け入れる必要なんてあるのかな?あるとは思えない。 あの頃は仕事もモルモの看病も忙しくて、僕は心身ともに追い詰められていた。とても苦しかった。 あの時を思い出すと、どんよりとした曇り空のように憂鬱になる。 急にこんな気持ちになったのは、しばらくぶりに仕事が忙しくなったせいだろう。 「雲雀(ひばり)君、水曜の会議は出られる?」 「はい、大丈夫です」 「現況報告も簡単にまとめておいてもらっていい?」 「はい、大丈夫です」 上司の北島さんは申し訳なさそうな顔をした。 「もちろん無理しない程度にやってくれればいいから」 「はい、大丈夫です」 「水曜の夕方に間に合えばいいから」 「はい、わかりました」 じゃあよろしく。と北島さんは去っていく。きっと僕は不機嫌そうな顔をしているんだろう。 モルモの体調が悪くなって、ついに死んでしまった時、僕の体調も限界を超えた。会社は理解を示して、僕を楽なプロジェクトに移してくれた。 腹がたった。それならモルモが死ぬ前にそうしてくれれば良かったのに。そうすればモルモとの最後の時間をもっとゆっくりと過ごせたのに。と腹が立ったのだ。 我ながら身勝手すぎて更に気持ちが暗くなる。 今日は残業しても捗りそうにない。とっとと帰ろう。 会社の駐車場でボンボンマームに寄りたいな、と思い立つ。 僕の新しい相棒『ぬいぐるみのモルモ』を買った雑貨店。 店長の森本さんとは何となく縁があって、最近はお店に行くと少し話すようになった。 でも今日は月曜日だ。 『金土日と出勤することが多いので、月曜日は大体休みなんです』 以前そう話していたのを思い出す。 今日はボンボンマームに行っても森本さんは多分いない。でもボンボンマームに行きたい。 森本さんと世間話をしたい。
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