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 状況が飲み込めない。『ノウナイ』が何故かここにあって、昨日まで生きていた博士が死んでいる。いや、博士ものか。 「ハカセ、ドウシマスカ?」  同じ言葉をうわ言のように呟く『ノウナイ』は本当に脳が無くなってしまった様だ。 「ホノカ、どう思う?」 「……自殺とは到底思えません。死体がこんなにグチャグチャになる自殺なんて、聞いたこともないです」  博士の死体は原型を留めておらず、内臓が全て露出していた。まるで皮を剥ごうとして途中で止めた様な感じだ。匂いは語りたくもない。 「……俺達は警察官じゃねえ。どんなに不可思議な結末でも、任務を遂行したのなら、速やかに去るべきだ」  自分に言い聞かせるようにそう呟く。誰かに殺されたのか?本当に自殺したのか?当然気になる。でも一流の殺し屋なら、物言わぬ機械なら━━━━━ 「人間もどきさん!」 「何だ?」 「ガソリン撒きましょう」 「……は?」  唐突な申し出に頭がパンクする。 「何言ってんだ!?」 「……この『ノウナイ』演技してます」 「……演技?」 「そう。あなたがAIの演技をする様に、私が人間の演技をする様にこの『ノウナイ』も」  『ノウナイ』は先程までの呟きを止めた。空間が静まり返って、俺の鼓動しか音がしなくなる。 「どんな演技だ?」 「……博士を失った演技です」 「何で分かる?」 「『ノウナイ』は学習するAIです。博士がいないのならば違う行動を取り、別の解法を導くんです。決して1つの言葉に縋り付く、馬鹿な機械じゃ無いんです」  じゃあ今うわ言を呟くは? 「恐らく『ノウナイ』が、博士を殺しました。それも深い愛情から由来するものから」 「……AIが博士を殺したのか?証拠も何も無いのに、決めつけるのか?」 「……はい」  ホノカは無茶苦茶な、いわば妄言的な論理を繰り広げている。俺は彼女を諭して、その提案を拒むべきだったと思う。  でもホノカが、AIがそうしたいと言っていて、俺はその決意に満ちた横顔から目が離せなかった。  体内で、俺の何かが胸を焦がしていた。 「……分かった。燃やそう」 「え!?良いんですか!?」 「お前が提案したんだろうが!それに俺達は殺し屋だ。依頼には『ノウナイ』を殺してはいけないなんて書いて無かったぜ。どうせ法の外に生きてるんだ。1つの悪事くらい四捨五入で許してくれるさ」 「……そうですね。悪いAIになっちゃいましょうか」  ガソリンを『ノウナイ』に撒く。恐らく内部にもガソリンがあるだろうから、すぐに燃えるだろう。 「さようなら」  煙草の火が、ガソリンへと落下する。 燃えていく燃えていく燃えていく燃えていく 燃えていく燃えていく燃えていく燃えていく 燃えていく燃えていく燃えていく燃えていく 「あはは!!!」  爆発せずゆっくり燃えていく。  理由は知らないけれど、どうでもいい。  ホノカが笑っている。それは人間よりも人間らしく、悪魔よりも悪魔らしい。それだけで十分だった。 「人間もどきさん!これで私達石油王になれますよ!」  今度はふふふ、と笑っておいた。  それが俺の最後の笑いだった。
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