3 四人組がいる!

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3 四人組がいる!

 一学期の終業式の日。ホームルームが終わると、オレたち地理研のメンバーは部室に集まった。夏合宿の方針を決めるためだ。  本格的な夏に入った。連日三十五度を超える猛暑日が続いている。今日もオレンジ色の太陽がギンギンに輝き、真夏の光線が校舎や校庭を照らしていた。  エアコンのない部室は窓を全開にしても汗が噴きだすくらい暑い。Yシャツがビチャビチャになってきた。  桜子、名取、高岡、須崎先生の四人が着席したのを確かめ、オレは黒板の前に立った。会議の進行と板書は部長の仕事だ。  合宿の目的地と日程は決まっている。チョークを取り、黒板に「八月二十日~二十二日 富山」と書いた。 「テーマを発表してもらう前に、交通手段と、宿泊場所をどこにするかを決めよう」  合宿に行く前に、こうして全員でワイワイと打ち合わせをするのが楽しい。 「先輩!」  いちばん前のイスに座る名取が元気よく右手を上げた。 「行き帰りの交通手段は北陸新幹線でいいですよね」 「他にあるの?」 桜子が質問した。 「飛行機、夜行バスがあります」 「飛行機はカンベンだな」 オレが右手を振る。 「わたし、バスはイヤ」 桜子が首を左右に振る。 名取が「わかりました」とうなずいた。 「北陸新幹線にしましょう」  四十歳代の先生がひとりと高校生四人の鉄道旅行。オレたちの姿がまわりの人の目にはどう映るのか。今から楽しみになってきた。 「次は宿泊場所を考えよう」  オレが富山市内に泊まることを提案したとき、高岡が「はい!」と元気よく手を上げた。 「お父さんと富山のおばあちゃんに相談したら、おばあちゃんの家に泊まってもいいってことになったよ」 「本当?」  桜子が勢いよく立ちあがった。 「ぼくが住んでた富山の実家は小さな旅館を経営していたんだ。二年前におじいちゃんが亡くなったのがきっかけで廃業にしたの。旅館の建物はそのままの姿で今も残っているから、全員でのびのびと使えるよ」 「高岡さん、ナイス!」  名取もうれしそうにガッツポーズした。 「助かるぜ!」  高岡に感謝! 「ありがとう、高岡くん。顧問として、あなたのお父さんに事前にごあいさつしておかないとね」  須崎先生が言った。 「料理は、おばあちゃんが作ってくれるって。旅館をやっていたときは、おばあちゃんが料理をきりもりしていたんだ。きっと富山の郷土料理を出してくれるよ」 「楽しみ!」 食いしん坊の桜子がペロッと舌を出す。 富山には海も山もあるから、きっとバラエティーに富んだ料理が出て来るんだろうな。食いしん坊でなくても興味をそそる。  話題を変えよう。 「次は、合宿のテーマをそれぞれ発表してもらう。まずはオレから」  オレはチョークを握って、黒板に漢字三文字で「米騒動」と書いた。 「オレのテーマは、これだ」 「コメ……ソウドウッて?」  桜子が首をひねった。 「今から約百年前の大正時代に、富山県魚津市で起こった事件さ。一九一八年七月二十三日、北海道への米の輸送船『伊吹丸』が魚津に寄港した。数年前からの米価高騰に苦しんでいた漁師の主婦ら数十人が、米の積み出しをしていた十二銀行の米倉庫前に集まって、米の積み出しをやめるよう要求した。その結果、米の搬出は中止されたんだ」  オレは自分が作った研究ノートを見ながら、身ぶり手ぶりを交えて説明した。事前に勉強したものの、当然、知ったかぶりも入っている。 「この事件は、地元紙により富山県内に大きく報道されて、県内各地で次々と米騒動が起こった。さらに騒動は全国に広がり、当時の内閣が総辞職に追いこまれるきっかけになったんだ」 「知らなかった」  よし、桜子に勝ったぞ。 「阿久根先輩は米騒動を知らないんですか? 常識ですよ」 「悪かったわね!」  桜子の顔が梅干しのように真っ赤になった。やつあたりをするように、ボンタンアメを勢いよく自分の口に放りこんだ。  常識ではないと思うけどな。まあ、名取にとっては常識か。  名取はイヤミをオレにばかりぶつけてくるから、たまには桜子を責めてもらわないと。名取、よくやったぞ。思わずほくそ笑んでしまった。 「でも雄平。米騒動って、どちらかというと地理よりも歴史の研究だよね。なんでそうなったの? なんだか、雄平らしくないと思って」  桜子が首をかしげている。 「テーマを何にしようか迷っていたときに、大学で歴史を学ぶオレの兄貴からたまたま米騒動の話を聞いたんだ。それでおもしろそうだなって」 「ふうん」 「魚津市内に事件の舞台となった米倉庫が残っているんだ。街を歩きながら当時の面影にひたってみようと思ってる」 「町田先輩にしてはすばらしいチョイスです」  オレにしては? 名取。おまえはオレをバカにしているよな。そんなことばかり言っていると今にバチが当たるぞ。イヤミの矛先を、最後はオレに向けてくる。 「次は桜子、発表してくれ」 「わたしのテーマはズバリ、ご当地ラーメン。最近、全国的に注目されてる富山のB級グルメ、富山ブラックラーメンを食べ歩くの」 「またラーメン?」  オレがよけいな口出しをする。 「なによ。悪い?」  桜子がオレをにらみつけてきた。 「去年の秋合宿で和歌山に行ったときのテーマも、和歌山ラーメンだったよな。あのとき、井出商店のラーメンを三杯食ってたし。ホント、ラーメンが好きだよな、この食いしん坊は!」 「はあ? 誰が食いしん坊だって?」 「おまえだよ」  桜子の顔が熟したリンゴのようにほほを赤らめた。 「雄平だって去年、巡検で栃木県に行ったとき、佐野ラーメンを三杯食べてたじゃない。人のことが言えないくせに!」 「なにい!」 「この、大、大、大、食いしん坊!」 「だったら、おまえは超、超、超、食いしん坊だっ!」  お互いににらみあってバチバチと火花が散る。口数の減らないヤツだ。 「先輩方、やめてください」  名取が止めに入った。  オレも大人げない。冷静になろう――と考えるものの、どうしても悔しさが忘れられない。 「阿久根先輩。食いしん坊は決して悪い意味の言葉ではないんですよ」 「わたしはイヤなの。中学生の頃、クラスメートにさんざん食いしん坊って言われて、バカにされたんだから」  あの食いっぷりを見たら、誰もがこいつのことをそう思うだろう。 「もし気になるなら『美食家』という言葉を使うのはどうですか?」 「美食家、か」 「雰囲気がやわらかくなるし、悪いイメージはないでしょ?」 「――そうね」 「阿久根先輩は美食家なんです」  桜子のヤツ、名取にうまく丸めこまれたな。美食家とは、ぜいたくでうまいものばかりを好んで食べる人をさすんだ。決していい言葉ではない。オレなら絶対に使わないな。どこかの貴族みたいで庶民っぽくないし。 「名取。次はおまえのテーマを聞かせてくれ」 「やっとボクの番が来ましたね」とニヤニヤしながら前置きをする。 「ボクのテーマは社会問題。今回はイタイイタイ病について調べます」  オホンと咳払いをしてから説明に入るあたりは、まるで学者のようだ。ただ単に偉ぶっているだけ。 「キミらしいテーマね」  桜子から声がかかった。 「はい。ボクもそう思っています」  バカヤロウ。自分で肯定するな!  「イタイイタイ病は、神通川下流域の富山県内で発生した公害病で、日本四大公害病のひとつに数えられています。岐阜県にある神岡鉱山から流れたカドミウムを含む廃水が原因です。富山出身の高岡さんはもちろん知っていますよね?」 「うん」 「この病気は明治時代から昭和四十年代くらいまでに発生しました。平成二十四年になって富山県が『イタイイタイ病資料館』を開設したこともあり、勉強するにはいい機会だと思ってテーマを選びました」  滑舌がいいし、説明もうまい。立派なヤツだ。こういうのを学者肌というのか。名取の父さんは確か、大学で地理学を教える教授だったっけ。父さんから受け継がれているものがあるのだろう。学者のような振る舞いをするだけある。  食うことしか能のない桜子とは違う。あ、こんなこと口に出して言ったら、今度こそ桜子になぐられるなあ。 「最後に高岡、発表してくれ」  高岡は「はい」と返事をして、緊張気味にスクッと立ちあがった。 「別に立たなくてもいいんだけど」  桜子が注意する。高岡はすぐに座った。 「ぼくは、富山県で作っているおコメについて研究するよ」 「コメ?」  オレはすかさず、黒板にチョークで「米」と書いた。 「みんな、『富富富(ふふふ)』って知ってる?」 「なんだ高岡、女の子みたいな笑い声で」 「違うよ、雄平」  桜子がそれこそふふふと笑いながらオレを見つめた。 「なにが違うんだよ!」 「ふふふ、は笑い声じゃないよ。平成三十年に本格デビューした、富山県のお米の品種のことよ」 「え? そうなのか、高岡」 「うん」 「知らなかった」  赤面するオレ。 「美食家のわたしは食べ物のことをよく知ってるの! 大食い同士だけど、今日はあんたよりもわたしの方が上手(うわて)だったね」  ゲッ! 桜子に一本取られた! くやしい!  今日は負けたけど、いずれ仕返ししてやるぞっ。覚えてろっ! 「富山には富富富を作っている農家がたくさんいるんだ。取材させてもらって、お米の歴史とか、作り方とかを調べようと思ってる」  高岡が笑顔で話をまとめたところで発表は終了。 「みんな、発表ありがとう!」  暑さに負けないように、気合を入れよう。 「夏合宿、四人組でがんばっていこうぜ!」 「おーーーーーう!」  オレが勢いよく右手をあげると、桜子、名取、高岡も立ち上がって思いっきり手をあげた。  オレたちの熱気で部室がさらに暑くなった。
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