4 ます寿司の味

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4 ます寿司の味

「早起きはこたえるぜっ」  調布駅で京王線の特急電車に乗った瞬間、あくびが出た。今日は朝の四時に目が覚めた。登校の日でもこんなに早く起きることはない。  八月二十日、木曜日。今日から三日間の夏合宿が始まる。自由な旅行ではないけど、初めて訪れる地を大いに楽しみたい。  東京駅のJR東日本新幹線改札口前に、朝七時に集合だ。  旅初日の東京は雨だった。幸い、日本海側の富山は晴れの予報があるから安心だ。  オレの服装は、上は茶色のシャツ、下は薄い生地のジーンズ。合宿を問わず旅行のときは動きやすいようにジーンズをはく機会が多いんだ。  待ち合わせ場所に着くと、すでに桜子、名取、高岡の三人が待っていた。みんな、事前の打ち合わせどおり半袖に長ズボンを身に着けていた。  おはよう、とめいめいにあいさつをかわす。名取と高岡は元気だけど、桜子は眠たそうな顔であくびをしている。 「わたし、朝が苦手なの」  なんだ、オレと同じじゃないか。  桜子は腰に付けた花柄のポケットポーチからボンタンアメを一粒だけ取り出して、口にポイと入れた。ボンタンアメは桜子にとって旅の友だな。  そんな中――。 「先生、遅いな」  名取が自分の腕時計を見ながらつぶやいた。須崎先生が七時になっても現れないからだ。 「寝坊したのかな。はちきん、ひとり暮らしだから」  桜子が心配そうな顔をする。 「名取。新幹線の発車まで、まだ時間があるよな?」  オレは、名取に時間の管理を任せていた。 「はい。発車は七時三十分ですから、まだ余裕があります」  改札口の上にある駅の時計を見上げると、七時十分をさしている。  先生からLINEは入っていない。  引率のくせに遅刻だなんて、ふざけたヤツだ。  辺りを見回していると、たくさんのお客をかきわけながら広い通路を走ってくる先生の姿が目に入った。  よかった。オレはほっと胸をなでおろす。  須崎先生は「ごめんごめん」と大声を出しながら近づいてくる。 「なにをやってたんだよ! 遅いぞ!」  オレは先生を思い切りにらんでやった。  長袖のシャツに青っぽいズボン。軽そうなスニーカーに黒いリュック。山登りが趣味の先生は、合宿のときも登山用の服装で現れる。学校ではいつも短めのスカートなのでちょっと違和感があるけどな。  右手に大きな白いビニール袋を持っていた。 「東京駅構内にあるお弁当屋さんで、朝ごはんのお弁当を買っていたの。全員分、あるわよ。弁当屋さんが予想以上にお客さんで混んでて、時間がかかっちゃって」  息をきらしながら平謝りだ。  弁当を買ってくれたのはうれしいけれど、買う時間くらい計算しろよな。 「お弁当は富山のます寿司よ」 「え?」  オレと桜子はお互いの顔を見合わせた。 「先生。これから富山に行くのに、富山の名物弁当を東京で買っちゃったの?」  桜子が軽蔑のまなざしを向ける。 「いけない?」  須崎先生は首をかしげた。 「富山の名物なんだから、現地で買って食べたほうが、雰囲気があっていいじゃない」 「たしかに、そうね」  なにを考えているんだ、まったく。  ます寿司は、魚の鱒(ます)を使って作る押し寿司の一種だ。富山の郷土料理といえばます寿司、というくらい有名だけど、先生になじみがなかったのかもしれないな。  まあ、仕方がないか。今日は早起きで朝メシを食っていないから、ちょうどいい。  須崎先生の遅刻でヒヤヒヤしたけれど、全員がそろった。  オレたちは新幹線ホーム二十三番線に入ってきた車両に乗りこんだ。  北陸新幹線「かがやき号」金沢行きは七時三十分、東京駅を時間通りに出発した。いよいよ夏合宿の第一歩だ。  新幹線には二人掛けの席と三人掛けの席が通路をはさんで並ぶ。二人掛けの席に桜子と名取、三人掛けの席にオレ、高岡、須崎先生が座る。オレと先生は、生徒と教師ではなく、年齢差からして親子に見えるかもしれないな。  列車は東京駅からふたつ目の大宮駅を過ぎると、長野駅まで一時間ほど止まらない。 「そろそろます寿司、食べない?」  須崎先生が、頭上の棚に置いていた袋を下ろした。 「賛成!」  先生がオレたちに配ってくれたのは、長方形のかたちをした箱型のます寿司だ。「ますのすし小箱」と上の面に太い文字で書いてある。 「ます寿司は、昔ながらの竹でできた丸い曲げ物の器に入っているのが一般的だけど、先生が買ってくれたこれは、お弁当風にした商品ですね」  高岡の説明を聞きながらオレは箱を開けた。  箱の中から四角いようかんのような形をしたピンク色のます寿司が現れた。あらかじめ切れこみが入っていて、一口で食べられるように作られている。全部で六切れ。  口に放りこむ。うまい! 魚にくさみがなく、身がやわらかくてなめらかな味だ。ますとごはんとの相性もバッチリ。  六切れをあっという間に平らげてしまった。もっと食いたい。残したヤツがいたら譲ってもらおうと見回したけれど、おいしかったようで誰も残さなかった。 「先生、ごちそうさま」  お礼も欠かさない。  東京から富山までの所要時間は二時間十分ほど。  高崎駅までは関東平野を走るので景色が開けるものの、高崎を過ぎると山岳地帯へ入るためトンネルが続く。ひたすら闇の世界だ。トンネルはキツイな。鉄道は景色を見て楽しむものだから。  通路をはさんだ隣の席から、名取と桜子の声が聞こえてくる。相変わらずふたりでクイズだ。名取が出題者、桜子が解答者といういつものパターン。  今、新幹線が通過している群馬県の問題を出しているようだ。 「問題です。群馬県にある、上毛三山と呼ばれる山は何でしょう?」 「赤城山(あかぎさん)、榛名山(はるなさん)、妙義山(みょうぎさん)!」 「問題です。群馬県にある世界遺産のひとつで、明治五年に明治政府が設立した官営の器械製糸場は何でしょう?」 「それ、簡単。富岡製糸場!」  こんな調子。  声が大きいので、須崎先生が「あなたたち、クイズをするのは構わないけど、まわりのお客さんに迷惑にならないように声のトーンを下げなさい」とふたりに注意したくらいだ。  席が離れているから仲間に入れてくれとも言えない。ふたりの中にオレの入りこめない世界ができている。クイズばかりやって、よく飽きないものだ。  三人掛けのオレたちの方は、こいつらと違い至って静か。窓際席の高岡は流れていく車窓の景色を黙って眺めているだけだし、オレの左、通路側の席に座る須崎先生は文庫本を読んでいる。  小説? 先生は以前、自分は若いころ、文学少女だったと自慢していたっけ。小説を書くのが好きで、どっかの文学賞で賞を取ったなんて話も聞いたことがある。 「先生。誰の本を読んでいるの?」  文庫本に目を落とす先生に聞いてみた。先生は顔を上げた。 「宮本輝さんよ」 「ミヤモト……テル?」  知らない作家だった。オレは国語とか文学とかにとことん弱い。 「宮本さんは、富山にゆかりのある作家なの」  ゆかり、と言われてピンときた。前回の合宿で和歌山県に行ったとき、たしか須崎先生は和歌山県出身の有吉佐和子さんという作家の小説を読んでいた。 「もしかして先生はいつも、旅行する土地に関係する作家の小説を事前に読んでるとか?」 「そのとおり」  先生はオレに、文庫本の表紙をみせる。 「この『螢川(ほたるがわ)』という題名の小説はね、富山市を舞台にしているの。小説の描写をつうじて、富山の文化や風土になじもうというのが目的よ」  オレは「ふうん」とうなずいた。小説には、旅行ガイドとは違う味わいがあるのかもしれない。さすがは国語の先生だ。 「富山に北日本文学賞っていう小説の賞があるんだけど、あたし、大学二年生のときにその賞で選奨をいただいているの」 「センショウって、いちばん上?」 「いちばんは大賞。選奨は二番目よ」 「すごいじゃん。なんで小説家にならなかったの?」 「調子に乗って、そのあと何度も文学賞に小説を送ったけど、一度も賞を取れなかった。才能がなかったのね。北日本文学賞はまぐれだと悟って、教師になってからは書くのをやめちゃった」 「もったいないなあ」  高校の先生よりも小説家の方が楽しそうだし、何より収入が多そう。あきらめるには先生なりの覚悟があったのだろう。  先生は再び文庫本を読み始めた。  文学の苦手なオレがなぜ有吉佐和子さんを知っているのか。和歌山合宿の夜、宿泊先の部屋のテレビでお笑いタレント・有吉弘行さんが司会を務める番組を見ていたら、偶然、エッセイストの阿川佐和子さんがゲストで出演していた。ふたりの名前を結びつけて覚えていただけのこと。  さあ、オレも趣味に没頭しよう。  合宿や家族旅行に出かけると、オレは道路地図と鉄道地図の二冊を必ず持ち歩く。  バッグから鉄道地図を取りだして読み始めた。  出かける前に、富山県の地図を家で何度も見た。富山県は人口が百四万人と少なく、面積は四千二百四十七平方キロメートルと狭い。市町村の数は十五と、四十七都道府県の中でいちばん少ない。その割に県内にはJRを含め、鉄道路線が県のはしからはしまで通っている。時間があったら、合宿中に何本か乗ってみようと思う。例えば黒部峡谷鉄道とか、万葉線とか……。 「町田くん。きみは北陸新幹線に乗るの、初めて?」  地図に集中していたとき、隣から高岡の声が聞こえた。 「長野までは乗ったことがあるけど、長野から先は初めてだ」  オレは地図を見たまま顔を上げずに言葉を返した。  三年前に、善光寺へお参りするため長野市へ家族旅行した際、東京駅から長野駅まで往復で北陸新幹線を使ったんだ。 「ぼくは全線、初めてなんだ」 「東京に出てくるときに新幹線、使わなかったのか?」 「うん。お父さんが夜行バスの方が安いって言うから、バスを使ったんだ」 「お互い、初めてだったんだな」  高岡のヤツ、新幹線の初乗りはともかく、久しぶりの里帰りできっと緊張していることだろう。  列車がちょうど長野駅を発車した。初めて乗る区間に突入して、オレもちょっと緊張する。長野盆地を過ぎれば再びトンネル区間が続き、景色は満足に見られなかった。  地図から顔を上げて車窓を見ると、列車はいつの間にか日本海の沿線を走っていた。空と海の違いはあるけど、水平線の上も下も青だらけだ。この旅で初めて見る海は太陽の光をいっぱいに浴び、海面が宝石のように輝いていた。 「うわーっ、きれいだ!」  思わず大きな声が出てしまう。  日本の新幹線の駅でもっとも海に近い新潟県の糸魚川駅をあっという間に通過した。  長いトンネルを抜けると、広大な富山平野が開けた。 富山平野といえば米の産地というイメージがある。あとは散居村と扇状地かな。しばらくは田んぼばかりが広がる車窓だったが、富山市の市域に入ったのか、農村地帯から住宅地に変わってきた。  高層ビルが増えてきたと思っていたら、新幹線はスピードを落とし、富山駅に入っていく。  オレにとって富山は初上陸だ!  列車からホームにおりる。北陸新幹線は今年で開業五周年だ。ホームは造りたてのようにピカピカで気持ちがいい。  雲がひとつもない快晴の青空がオレたちを迎える。南の方角にビルの密集した市街地が広がり、その奥に飛騨山脈の黒っぽい山並みが連なっていた。  北国は夏でも涼しいと思っていたら、まだ朝の十時前なのに生ぬるい微風に吹かれ汗がにじんでくる。冷房が効いた新幹線から降りたせいか、みんながけだるそうな顔をしていた。  高岡だけがひとり、目を輝かせている。ふるさとに帰ってきたから当然だ。 「富山に戻ってこられたのは町田くんのおかげだよ。本当にありがとう」  高岡が握手を求めてくる。こいつ、握手が好きなんだよな。オレは遠慮することもなく高岡の大きな手を握った。 「オレだって高岡に感謝しているんだ」 「ぼくに?」 「おまえのおかげで初めて富山に来ることができたからさ。さあ、行こうぜ」  オレは、高岡の肩をポンとたたいた。  平日の昼間のせいか、富山駅の周辺は人がまばらだった。その割に、緑、茶色、黒などいろいろな塗装を車体にほどこした路面電車が、駅前を五分おきに発着していく。大都市の通勤路線みたいだ。 富山市は、路面電車が走る全国でも数少ない都市だ。特筆すべきは、既存路線を延伸させるかたちで新しい路線を開業させたこと。路面電車が廃止されていく傾向の中、全国の都市で唯一といってもいいくらい珍しい事例だ。 その話を名取から聞いてから、富山に来たときは路面電車に真っ先に乗りたいと待ちわびていた。  今日、最初の目的地のイタイイタイ病資料館は路面電車が通らない場所にあるらしい。 「最初からいきなりバスですけど、みなさん、がっかりしないでください」  自分の気持ちをこめたような名取の発言に賛同できるのは、このメンバーの中できっとオレだけだな。 富山駅前に停まる小さな路面電車を横目で見ながら、オレたちは駅前のバス停から路線バスに乗りこんだ。  イタイイタイ病資料館は富山駅から二十分ほどバスで南下した、神通川に近い公園の中にある。青い水をイメージさせる、ガラス張りの大きな建物だった。 「ボクについてきてください」  館内に入るなり、名取が先頭にたって、まるで資料館の職員のようにオレたちを案内した。初めて訪れたとは思えないくらい手慣れている。こいつのことだ、ホームページを検索して事前に施設を勉強したんだろう。  名取の指示に従い最初に入った展示室には、白と青を基調にした展示物が壁いっぱいに並んでいた。病気の発生原因、症状、企業と住民との裁判の記録、環境被害対策などを学べる。 「イタイイタイ病の被害者は主に、出産経験のある四十歳前後の中高年の女性でした」  名取の説明を延々と聞かされることになった。相変わらず偉そうにエヘンと咳払いをしてから。展示物に書かれた内容と併せて、自分なりの意見や将来展望を話の中に混ぜているのがいい。 「神経痛のような痛みから始まり、病気が進むと体を少し動かしただけで骨折します。原因がわからず、長い間、風土病や業病といわれていました」 「なんで女性に多いの?」  桜子が展示パネルを見ながら名取に質問した。 「カドミウムの摂取により、カルシウムが尿を通じて体外へ出てしまうため骨をもろくなります。特に女性の場合、戦前戦中の低栄養や妊娠授乳などでカルシウムが不足しがちだったため、男性よりもかかりやすかったと考えられています」 「業病ってなに」  今度は須崎先生から。 「治りにくい病気や難病のことをいいます」  名取のヤツ、質問の答えも的確だ。 「そんな中、萩野昇さんという地元の医師が、三井金属鉱業神岡鉱山から排出されるカドミウムが原因であると発表します。そこから住民側と三井金属側による裁判での戦いが始まるわけです」  最終的に裁判は、世論の後押しもあり、住民側の勝利となったらしい。 「行政は、神通川をふたたびカドミウムで汚さないように神岡鉱山へ立ち入り調査しました。汚染農地対策として、富山県は、カドミウムで汚れてしまった地域をもう一度米づくりができるきれいな土地にもどすための工事に取り組みました。二度と公害をくり返さないように、美しく豊かな環境を未来に引きつぐことが、今、生きているボクたちの使命なのではないでしょうか」  話の締め方がうまい! みんなで名取に拍手を送ったくらいだ。 「このくらい、朝飯前ですよ」  いつもの名取節が出た。それがよけいなんだよ、おまえは。せっかくの高い評価に自分から水をさしやがって。 「ボクよりもイタイイタイ病に詳しい高校生はいませんから。説明ならいくらでもしますよ」 「はいはい、そうですか。勝手にやってください」  自画自賛が止まらない名取の態度にうんざりしながら、オレはイタイイタイ病資料館を後にした。  お昼を過ぎて、そろそろ腹が減ってきた。次は「富山ブラックラーメン」の取材だ。 桜子がおすすめと言っていた店は、富山駅から歩いて三分の市街地の中にあった。  白いのれんをくぐり店の入口扉を開けると、しょうゆの香りが漂ってきて食欲をそそる。テーブル席はすべて客で埋まっていた。仕方なく、空いていたカウンター席に五人が並んで座った。  全員が富山ブラックを注文する。食いしん坊のオレと桜子はもちろん大盛りだ。  ラーメンができあがるのを待つあいだに、桜子が研究の成果を披露する。 「富山ブラックは昭和二十二年に誕生したの。とある屋台の店主が戦争後の富山復興の一端になればと、労働者のために塩分濃度が高い濃厚しょうゆスープを楽しめるラーメンを売ったのが始まりね」 「おまたせしました!」  男性店員の手でラーメンが運ばれてきた。 「待ってました!」   オレはウキウキしながら割りばしを割った。  丼の中をまじまじと見る。名前は「ブラック」だけど、汁は決して真っ黒ではない。赤黒いというか、しょうゆを少しのお湯で薄めた感じの色だ。 「おいしそうね」  オレのとなりに座る桜子がスマホでラーメンの写真を撮ったり、メモ帳になにかを書いたりしている。 「いかすみや習字の墨汁のように、本当に真っ黒かと思ったぜ」 「そんなわけがないでしょ!」  冗談で言ったのに、桜子が顔を真っ赤にして反論してくる。  「本気で怒ることはないだろ!」 「突拍子もないことを言うんだもの。真っ黒だったら、食べる気をなくしちゃうでしょ?」  たしかに真っ黒いラーメンなんて見たことも聞いたこともない。グロテスクでラーメンには見えないだろうな。まあ、こいつの言うことにも一理ある。 桜子とケンカするとよけいな体力を使うから、食うのに専念しよう。  麺の上にチャーシューが3枚、メンマ、細かく切ったネギが載っていて、さらにそれらの上に粗挽き黒コショウがかかっている。 「食べる前に、具材をスープの中で混ぜると、スープにうまみが溶けだして味が増すんだよ」  高岡の言葉どおりに、麺と具をスープとよく混ぜあわせる。ネギもメンマもチャーシューもこげ茶色になった。  「いただきまーす!」  ズーズーと音を立てて食べる。うまい! けどしょっぱい! しょっぱさとこしょうのからさが相まって、独特の味をだしている。 「しょっぱいよ」と言いながら、みんな、汗をかきながら一心不乱に食べている。 「しょっぱくて食べにくい人は、ライスを一緒に頼むといいよ。ご飯とラーメンを交互に食べると、ご飯の甘みでしょっぱさがゆるくなるから」  高岡のアドバイスを早速、実行する。ライスを追加で頼んで、ラーメンと一緒に食べてみる。  なるほど、確かにしょっぱさが薄まってちょうどいい味になる。食が進むぞ。 「富山ブラックは、汗をかいて働く労働者の塩分補給のための『ご飯に合うおかずとしてのラーメン』として考えられたから。当然ね」  桜子のヤツ、さすがに勉強している。食いしん坊の本領発揮だな。明日もあさっても富山ブラックを食べると、はりきっているし。 「本当に三日間も連続で食えるのかよ、おまえ」 「おいしいから、余裕だよ」  須崎先生から「あたしは遠慮しておくわ」という声があがる。労働者やスポーツマンならともかく、オレたちみたいな文化系サークルの高校生が毎日食べるのはきついぞ。判断は桜子に任せよう。   腹がいっぱいになったところで活動開始!  午後は、地元出身の高岡が富山市内の街を案内してくれた。総曲輪(そうがわ)という名前の富山で最も大きな繁華街を巡り、部員全員で、市街地の様子をカメラで撮りまくった。次にその北側にある富山城を訪ねた。街歩きは本当に楽しい。  街歩きの最後を飾るのは路面電車だ。  富山市内の路面電車は市街地の中にある環状線を中心に、郊外へ放射状に路線が延びている。  富山城の最寄り駅でもある国際会議場駅は、道路の真ん中にホームがある。駅から富山城の天守閣が間近に見えて壮観だ。ホームに立っていると、車両全体が丸みを帯び、茶色と白で塗装された二両編成の路面電車がやってきた。 「9000形という系列の車両です」  名取が得意げに電車を指でさす。 「詳しいな、おまえ」  オレの知らない知識を披露してきたので、先輩として名取をほめておく。 「一応、ボクは日本一の鉄道マニアですから」  日本一はよけいだろ! ほめて失敗した。 「そうなの? じゃあ、ぼくと気があうね」  高岡が名取に笑顔を向けた。 「富山の鉄道知識だけは高岡さんに負けると思いますけど」  富山県以外の知識はボクの方がすごいんですよ、と言っている。相当な自信家だ。  たしかに名取の知識量がずば抜けているのは事実だ。こいつは分野を問わずに知識の幅が広い。それは認めざるを得ない。  名取の自慢話に反応したのはオレと高岡だけで、鉄道に興味のない桜子と須崎先生は車両を黙って見ているだけだった。  9000形車両に乗りこむと、オレと名取と高岡の三人は、先頭車両の運転席のすぐ後ろに立った。ここから進行方向の移動風景を眺めるのは鉄道ファンにとって最高のぜいたくなんだ。 「あんたたち、鉄道好きの小学生じゃないんだから、そんなに勇んで前を占領しなくてもいいんじゃない?」  背後から、桜子のイヤミが聞こえた。 「前面展望の楽しさは鉄道ファンにしかわからない」  前方の風景を見たまま、桜子に言ってやった。 「そうだよな、高岡、名取」  ふたりは「うん」「そのとおりです」と元気よく声を出した。 「勝手にしてよ、もう」  真新しい白いコンクリの上に敷かれた単線の線路上を、電車は三十キロくらいのゆっくりした速度で進んでいく。車窓の左右に雑居ビル、銀行、デパートのような大型商業施設が立ち並ぶ。オレはその風景にクギ付けになった。 「環状部分の南半分が、今から十二年前に新しく開業した路線なんだ」  高岡が説明してくれた。  路面電車にありがちな大きな揺れはなく、カーブをスムーズに曲がっていく。  環状線を乗り終え、路面電車が富山駅停留場に着いた。今日の予定は終わり。 「おなかが減ったよ」  食いしん坊の桜子がおなかをおさえた。ラーメンを食ってからまだ三時間しかたっていない。早すぎるぞおまえ、いくらなんでも。
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