相似の境界

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「アクターは、クリエイターの想定内に収めるのが仕事でしょう?」 「違うよ。アクターの想定外が収まるのがクリエイターの仕事だ」  ニーナとはよくこんな話をする。ニーナはアクターを過小評価し、俺はクリエイターを過大評価する。互いに訳の分からぬ時代の残りカス、なんの生産性もない、ぶった話が好きなのだ。 「わちゃにして皆に迷惑をかけるのは、仕事とは言えないわ。甘えん坊は要らないの。台本通りに喋ってお金貰ってるんでしょう?」 「JAZZだってアドリブ入れるだろ、最低限お約束の中でなら自由でいいはずだ」  ナチュラルに俳優を見下してるニーナを、しかし俺はとても好ましく思っている。ツッパって生きているその顔もまた、ニーナという人物の仮面を被るひとつの演技なのだろう。ならば俺だけが、ニーナという役者を守り、その存在を補ってやれる脇役なのだ。  くたびれた男、つかれはてた女。  愚にもつかない二人を、世界中で唯一支えるのはお互い様。  今日もまた安アパートで二人。若き日々の真似事を繰り返す。 「なあ、今日アイツどうだった?」 「彼?彼は最高よ。貴方と違って無駄口叩かないもの」  彼とは件のオランウータンである。俺とニーナは連絡をほとんどとらない。大概動物園で会い、互いのルーティンをこなした後に飲みに出かける。出会ってからずっとそうだし、互いが何故その動物に執着しているのかも話していない。ニーナは俺がゴリラである事をを知らないし、俺はニーナがオランウータンの事をどう思っているのか知らない。もしそれが女としての感情であれば、俺はきっと敵わないだろう。だからなおさら尋ねない。  一匹同士。通じ合う事のないゴリラとオランウータンは、寧ろ俺達なのだろう。  そうとも、俺はもはやゴリラなのだから、叩くべきは無駄口でなく、胸板であるべきなのだ。 ―わしだって、平和を望んでいるのだが。 ―なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。罪の無い人を殺して、何が平和だ。 「王よ。何故、人を殺すのだ」  放たれたひと言に、場の空気が凍りつく。まさかミスではないだろう。 「…………ほぉ…」  舞台初日、千客万来。彼は初舞台初主演にして、これだけの人を呼べるのだ。みんな彼を観に来ている。俺ではない、俺は案山子でも足りるつまらない役者。少なくともこの公演中は、彼のおこぼれで飯を食うのだ。ここはうまく流して、彼を引き立ててやらねばならない。 「なれば儂の命を奪わんとしたこの短刀、貴様に返してどうなるものか。ひとつ試してみてやろう…」  いいながら、脇で思考停止している従者から短刀を取り上げ、メロスの足元に放る。ここで上手くやれれば、きっと俺の株も上がる。考え方によっては、メロスが俺に与えてくれたチャンスである。 「おうボク………刺してみろや」  チャンスなんだが。 「判んねえならさ、いっぺんやってみたらいいよ」  どうにも俺はゴリラだから、足元で目を白黒させてるメロスに敵意を向けてしまうのだ。 「え……っとその…」 「どうしたボク。なんで殺さないんだい?」  ショウ・マスト・ゴー・オンというやつである。  この事態に収拾をつけられるのは、もはや拘束も解かれてしまってるメロスか、暴君ディオニスの演技を解いてゴリラに戻ってる俺である。メロスは「あ……えっと…」とちょっと無理そうだ。 「俺はそれを持ってねぇってのが理由だよ。簡単だろ?あんまつまんねぇ口たたくな。本番中だぞ」  持た猿ゴリラはせつせつと掟を説いた。もうしょうがない、廃業である。  この後、俺が「さあ、その愚か者を殺せ」と命じたため、周囲がなんとなく上手く回して舞台は何とか初日を終えた。  なんでもSNSでは『若手潰し』と大層盛り上がったそうである。仮面を被り直した俺は舞台挨拶で土下座して赦しを乞うた。人類に野生の掟はもはや通じぬ、何より俺はゴリラではない。
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