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「……ただいま」
僕は、鞄から鍵を出し、玄関のカギ穴に突っ込んで回す。誰もいない家に帰った。
静まり返った家、二階にある部屋へと足早に向かい、ベッドに制服を脱ぎ捨てる。ジーパンと白いTシャツに着替え、ベースを背負って、戸締りをして家を出た。
「お待たせ!」
足早に近くの公園まで向かう。幼なじみのタカヤとその友人のミサキが、すでに僕を待っていてくれた。
「おう、来たか」
「わりぃ……遅くなった」
「時間通りだよ! 私たちが少し早く来ちゃっただけだし……ねっ?タカヤ」
「……あぁ、そうだな」
二人のやり取りを見ても、なんだか今日はぎこちない。無理もないと言えば、無理もない。二人にもう一度「わるかった」と謝ると、俯き加減の二人がこちらを見た。
「なぁ、ユキ?」
「どうした?」
「……俺、めっちゃ緊張するんだけど、お前はどう?」
「ボーカルが緊張してたら、声でねぇだろうが……ほれ、あめちゃん!」
「大阪のおばはんかっ!」
「おぉー! ナイスツッコミ!」
ハハハ……と、三人で笑う。さっきまでの、緊張が少しだけ和らいだように、タカヤの頬が緩んでいる。
「さぁ、行こうか」と声をかけ、三人は歩き始める。ベースを持った僕、鼻歌を歌うタカヤ、歩きながらリズムを取るミサキ。
言葉はなく、ただ、心地よい時間だけが流れていく。四人目のメンバーのミヤを駅まで迎えに行くために足並み揃えて歩いてく。
「ミヤ、お待たせ!」
「おめぇーら、おっせぇよ! もうすぐ、リハ始まるって連絡来てるから、走るぞ!」
「ちょ……ちょっと待ってよ!」
「あぁん? まてねぇーよ! いくら、今日はメインだっつっても、最初が肝心なんだ。今日から、やっと、スタートラインにたって、始まったんだ! おめぇら、ノンビリしすぎじゃねぇーか?」
ミヤに手短に叱られ、ライブハウスまで、全力疾走中。流れる景色は、タカヤが作った歌詞とミヤが作った音と一緒に流れていくようで、ミサキと僕の音も混じって駆け抜けていくようだ。
「今日は、やってやるぜ!!」
「タカヤ、道の真ん中で、うるさい!」
「おっ!いい声出てんじゃん!」
「今日のワンマンライブは、メジャーの夢を叶えて初めてのステージだかんな! 待ってろよー!!」
高揚感と全力疾走による心臓の鼓動は、爆音で僕たちの中でなり続け、さらにもうひとテンポ上げていく。
リハも無事終わり、残すは本番のみとなった。
「おい、お前ら! そこに片足おけ!」
どこで拾ってきたのか、ミヤが木箱をステージ脇へと持ってくる。
「なにすんだ?」
タカヤの質問にミヤがニヤッと笑う。何かよからぬことを考えているようなその顔は、悪い顔だ。
「誓いをたてようぜ! 今日という日が、いつか何十万という人に繋がるように!」
「……意外とロマンチストだな?」
「あぁん?」
「……いえ、なんでもありません」
「じゃあ、俺から。タカヤは、日本一、いや、世界一のボーカルになりまぁーす!」
バン! と木箱に片足を置く。
「次、あたし。ミサキは、超絶美人の超絶技巧のギタリストになります!」
ガン! と木箱にヒールがひっかかった。
「いったぁー!! ひっかかっちゃったよ。もぉーいっかいっ!」
がん!
「じゃ、俺っち先に。とっても頼りになるリーダーになる!」
「なぁ、それ、もう達成されてる……んじゃね?」
ミヤを見て、みんなが頷く。
「じゃあ、ファンの子が目指したいと思えるドラマーになる!」
「普通じゃね?」
タカヤの一言でスタッフまで、笑い出す。誓いを立てているのは、四人だけのつもりが、みなが聞き耳をたてていたようで、聞かれていたのかと思うと、恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、世界制覇だ!」
「おぉー! でっかく出たねぇ!」
「行こうぜ、ワールド!」
タカヤとミサキが、ミヤをからかう。
「じゃあ、ラスト締めは、ユキだね!」
ミサキがこっちを向いて笑う。タカヤは頷く。ミヤはちょっと睨んだ。
「……夢の第一歩。駆け上がろうぜ! てっぺんまで!!」
バン! と、僕は木箱に片足を乗せる。
僕たち四人が勝手に始めた宣誓式。
スタッフのみんなから、何故か『てっぺん』コールがされ始め、困惑する。
四人がお互いの顔を見合わせ頷きあった。
「さぁ、行こう! 覚めない夢をみに!」
耳をすませば、会場のざわめきが聞こえてくる。
いつものようにミヤにケツを叩かれ、眩しいライトが照らすステージへ向かのであった。
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