病室にて

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病室にて

「ごめんなさい、私はもう長くは無いです……」 「大丈夫、きっと治る! 俺にはお前が必要なんだ!」  ある秋の夕方、とある病院のベッドに、大学を修了してから数年の闘病の末、すっかり弱りきった妻、美沙紀がいる。医者はもってひと月、と言っていた。  このままではやがて亡くなってしまうだろう。だが、俺はあきらめたくは無かった。  色々試した民間療法やら祈祷やらはどれもこれも効果は無く、結局は医者の治療が一番効いた。もはや神にでもすがるしか無い。  俺は、中学生の時に聞いた話を思い出していた。 ――蛇神様の伝説  ここから数十キロ離れたとある山奥にある、普段は誰も近寄らないとある湖。  そこには、なんでも願いを叶えてくれるという蛇神様がいるという、おとぎ話のような話。  俺は、中学3年生の一年間だけ居た、戸越先生からこの話を聞いた。ツリ目が特徴的な、なんでも話を聞いてくれて、勉強も親身になって教えてくれた、素敵で優しいお姉さん先生だった。  その頃、俺は淡い恋心を抱いていた同級生がいた。  色白の肌が美しくはかなげで、体育の授業を休みがちだけれど美しい女の子がいた。  それが美沙紀だった。  しかし、受験を控えたこの時期にこんなことをしていいものかと、僕はその悩みを先生に打ちあけた。すると、 「感情に従って、告白してみなさい」  と、思わぬ助言をもらった。  その通りに告白するとなんとOKをもらえたが、お付き合いは高校に行ってからということで、互いに勉強を教え合い、同じ高校に合格。成人後に結婚し、今に至る。  美沙紀は野菜が好きで、食卓にはいつも季節の野菜が並んでいたのを覚えている。  話は前後する。先生は俺が中学を卒業する時に学校から去ったのだが、卒業式の日に、 「どうしても困ったことがあったら、この話を思い出しなさい」  と、蛇神様の話を教えてくれたのだ。 ―― 「私が死んだら……」 「死んだら、なんて考えないでくれ」  もう時間は無い。俺は妻に 「必ず治す方法を探してくる」  と言って、戸越先生から聞いた山を目指した。
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