プロローグ

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プロローグ

「香織さ、最近ちょっと太ったんじゃね?」  そう言って裕司(ゆうじ)は私に冷たい視線を向ける。 「そ、そんなことないよ。別に体重増えてないし」  口を尖らせる私を見て彼は馬鹿にしたように口を歪めた。 「ま、いいけど。とりあえず俺、明日から出張だから。忙しいからあんま連絡できない」  今朝そう言って裕司は私の部屋から出て行った。彼とは会社の同期で二年程の付き合い。今年二十八歳になる私はそろそろ結婚も意識していた。なのに……。 「知ってるよ、裕司。麻美と浮気してることぐらい」  閉じられたドアに向かい私は呟いた。麻美は一年下の後輩。入社当初から裕司のことを狙っていたのは知っている。私という存在があるのを知っても彼女が裕司を諦めることはなかった。舌足らずな話し方、上目遣いに裕司を見つめるその瞳。男好きのする女だ。いつしか彼も彼女に特別な感情を抱くようになっていった。そんなの見ていればすぐにわかる。その日出社すると同期の美夏が教えてくれた。 「ねぇ香織、言いにくいんだけどさ……」  二人がホテルに入っていくところを目撃したのだという。瞬間的に私が感じたのは怒りでも悲しみでもなかった。裏切られたことによる屈辱感。私は努めて平静を装い「そうなんだ」と答える。何が〝そうなんだ〟なのかと自分を嗤いながら。美夏は憐れみに満ちた目で私を見ていた。
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