東西ペア

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東西ペア

いくつかの会社が事務所を構えるひとつのオフィスビル。ビルの前にはツルツルに磨かれたの鼠色の石造りの広間があり、四方に街路樹が植えられている。 スーツを着た人達が、みんな無言でそのビルへと吸い込まれて行く。社員証でセキュリティーゲートをパスし、短いエスカレーターを上がると、エレベーターホールには人が溢れていた。 数基あるエレベーターは、高層階と下層階に行くものに分かれている。みんな自分の会社に止まるものの前へと並ぶ。階段から行く人もいるがごく稀で、西春妃(にしはるひ)も例に漏れず、エレベーターを待つ列に並んでいた。さすがに6階はキツイ。4階なら頑張れるかもしれないけど。春妃はいつもの下層階へのエレベーターの列へと並んだ。 「おはよう。」 後ろから聞き慣れた声がし、その声に自然と春妃の心が少し浮ついた。春妃が振り返ると、そこには春妃が声から予想した人が立っていた。氷室智紀(ひむろとものり)課長だ。 「おはようございます。」 春妃は笑顔で挨拶する。すると、ふわりと氷室も微笑んだ。その父性さえ感じさせる微笑みに春妃はドキリとする。 実は最近氷室課長といい感じだ。と春妃は思っている。一度食事をしてから、今日も実は仕事終わりに二人で食事に行く予定だ。春妃はこの育ち初めた何かが上手くいけばと思っていた。 春妃は仕事を真面目にこなしていたら、仕事が楽しい時期と、そういったアプローチの時期とが被ってしまい、春妃はそのチャンスを棒に振ってしまった。もうちょっとだけ、もうちょっとだけと伸ばしていたら、相手がとうとう痺れを切らしてしまったのだ。今彼は、春妃よりも年下の人と無事籍を入れたようだった。 氷室課長はバツイチで、前の奥さんとの子供はいない。そんな情報まで知らずと春妃の耳に入り、ちゃっかり覚えてしまっている。 氷室課長のスーツのコーディネイト、今日も素敵。春妃は思った。全体の色味もバランスが取れていてセンスを感じる。そう思っている女性社員は多いんじゃないだろうか。春妃は氷室課長にバレないようにうっとりとした。
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