眠り姫B

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+ + +  恋人の陽介を交通事故で亡くしたのは、数ヶ月ほど前の出来事だった。カフェデートがベンチデートになったあの日の帰り、歩道に突っ込んできた車から私を庇って、陽介は車に撥ねられた。本当に一瞬、まるでスイッチで切り替えられたみたいに、かっちりと、私のいる世界は変わってしまった。  白い布の被せられた陽介は、眠っているんじゃなくて死んでいて、いまは小さな骨壺に収まっていて、陽介という人物はどんどん過去の人間になっていく。  頭では分かっていても、心はなかなか追いつかず、私は日に日に体調を崩すようになった。  精神科の医師のもと、様々な治療法を試してみたものの、いずれも改善には至らなかった。特に不眠は深刻で、一睡もできない日もザラにあった。  そんなとき、主治医から『眠り姫』の治験を勧められた。『眠り姫』とは、脳に電気的な刺激を送ることで、睡眠を促進するとともに、その人の意識を仮想空間へ転送することができる最新の治療法だ。ここで言う仮想空間とは、被験者が一番心休まるような環境を設定することが多く、私の場合は恋人の陽介が生きている世界が一番適していると判断された。効果は抜群で、私は『眠り姫』を使うことで心身が安定し、よく眠ることもできるようになっていった。  ところが、しばらくすると、私は『眠り姫』を利用をするたびに、陽介が車に撥ねられる場面を頻回に見るようになった。 「あのとき、私がわがままを言ったから……」  事故の場面がフラッシュバックするたび、私は自分をひどく責めた。
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