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とある山の麓の広場に不自然に積まれた巨石がある。言い伝えによれば、遥か昔に落ちてきた隕石であるという。
その巨石の上に佇み、黄昏時の空を眺める人影があった。
その背中には白い翼が生えており、流れるような白銀の髪と赤い眼を持つ美少女であった。
背後に迫る影に気付いているか否かは分からないが、一心不乱に上を見上げ、空ばかり見ていた。
「動くなよ、天使の仮装しているお嬢ちゃん」
背後から彼女の頭に銃口を突きつけるのは、今世間を戦慄させている――ペスト医師のような格好をした殺人鬼であった。
突然の出来事に激しく動揺している、かと思われたが、彼女は余裕綽々な様子でじっと空を見ていた。
「……聞こえているのか?」
「黄昏時の空はとっても儚い気持ちになります。君もそう思いませんか?」
「……ああ、確かに儚いな。すぐにあんたの脳天が吹き飛ぶかもしれないからな」
「私の脳天が吹き飛ぶ?フフフ、この空に似合わない下手なジョークね」
「だが、黄昏時のことを逢魔時とも言うだろ?今の自分みたいな血に飢えた悪魔がうろつくには打って付けだ」
「あ~、確かにそうですね。これは一本取られましたよ」
依然彼女は余裕そうに笑みを零していた。
「余裕そうに振舞っているが、天使の仮装をしてキャラを演じても無駄なことだ」
「え~、ペスト医師の仮装して銃持って自分のこと悪魔って言ってる人間に言われたくないな~。それに、これは天使の仮装じゃなくて、私は正真正銘本物の天使。正義、高潔、善、光を象徴する天使ですよ。あっ、因みに名前はレグーナって言うんだけど、全然忘れてくれて問題無いよ」
彼女は包み隠すことなく自分の正体が天使であることをあっさり明かした。
だが、相手が天使だからといって恐れ戦いてのこのこと引き下がる殺人鬼ではなかった。
「本物かどうかなどどうでもいい。とにかく、あんたは今ここで自分の犠牲になるってことだけは確定している」
無慈悲にも殺人鬼はそのまま銃の引き金を引いた。
周囲に銃声が鳴り響くと同時に――深紅の鮮血ではなく純白の羽根が舞い散った。
「……どこへ消えた?」
天使の姿はどこにも無かった。
「まあいい。生きていようがいまいが、自分の平和が乱されることは無いだろう」
殺人鬼は無理矢理にでも自分を納得させ、巨石から降りたその時、握っていた銃が突然ぐにゃりと曲がり、鈍い破裂音と共に粉々に砕け散ってしまった。
「あーあ、折角の玩具を台無しにしちゃった。でも、君は天使である私を殺めようとしたんだから、当然君を排除する権利を行使してもいいんだよね?」
殺人鬼の背後を取っていた天使は激しい殺気を放った。
本能的に危険を察知した殺人鬼は前へローリングをして距離を取り、懐から短剣を取り出して天使にチラつかせた。
だが、そんな脅しなど天使には全く無意味なことは明らかである。
天使の姿は一瞬にしてその場から消え、殺人鬼のすぐ目の前に突然現れた。
「くっ……」
殺人鬼に抵抗する暇も与えず、天使の右手が殺人鬼の仮面を貫くと同時に殺人鬼の姿は一瞬にして消滅してしまった。
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