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少女は突然、前方から私の腰元へ抱き着いてきた。
勢いよく顔を埋めると、ひたすらに泣きじゃくる。
閑散とした街路を見渡せば、彼女の必死に走った跡を一人の男がつけていた。
男は眼窩に隈を残しており、いかにもな不審さは拭えない。
私は指先で少女を背後に誘導する。男の狙いは言わずもがな。
裾の張り具合から、少女の怯え様が震えという形で私にも伝わった。
やがて私と正対した男は唸り声で脅しにかかる。
「……おい、その子を返せ」
萎れた産毛の蛇行する右手が無遠慮に差し伸べられた。
この男の手に少女を渡してはならないことだけは分かる。
犯罪者の臭いというのは独特で壮絶だ。
左手首に隠されたナイフの反射光が目につくも、
慣れもあり恐怖心は煽られなかった。
腹を括れば、後は早い。昔に舞台役者をしていた経験がまさか活かせるとは。
私は少女の父親を演じる意を決した。
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