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弥治郎は番頭に芒の着物の女を買いたいと申し述べる。
「お客人、幽凪屋は初めてですね。当屋は少々変わっておりまして、初めてのお客人は楼主とお会い頂く仕来りとなってございます」
遊女を買えば通常はそのまま二階へ上がるものだが、弥治郎は一階広間に腰を据える楼主の前に通された。通常の流れではないことに弥治郎が体を強張らせて近づくと、男にしてはやや小柄な色の白い楼主は、細長い煙管を弥治郎に伸ばし、前に座るように示した。
楼主のそのつるりとした皮膚表面は子供のようにも見え、わずかな体の動きともに首筋や伸ばした手首に多く寄る皺からは老人のようにも見える。口を開けば嗄れた声が響く。
「そう緊張されますな。私は幽凪屋の楼主を務めます幽凪晴夜でございます。この幽凪屋は少々特殊なれば、誠に失礼なこととは存ぜど、お客人を見定めさせて頂いております」
「見定め?」
弥治郎が不審に思えば、幽凪はええ、と頷く。また、首筋に皺が寄る。
幽凪屋の別名は化物楼。そのように語る晴夜に弥治郎の心は僅かにざわめいた。ここの遊女は見世物小屋も同じで、買ったはいいものの罵声を浴びせ、無体を働く客というのが一定いるのだそうだ。弥治郎も先ほどの格子前の物見遊山な様子を思い浮かべ、不承不承納得する。
「ここの遊女はみな、あのような風体ですから他に頼るところがございません。助け合って生きておりまして、ですから家族のようなものなのです」
「私は無体を働くつもりは」
「わかっております。私も職業柄、人を見る目は御座いますので。それでも多少の説明は必要でございましょう」
「説明といいますと」
「お客人がお買いになったのは夕霧と申します。夕霧の不具は日に当たれぬこと。他は人と代わりません」
「日に?」
「ええ。ですからお泊まり頂いても夕霧は大階段までしかお見送りできません。それでもようございましたら、揚代はこの程度でいかがでしょう」
亭主が示した金額は、このクラスの中見世にしては安かった。弥治郎が理由を問えば、不具者の多いこの幽凪屋で、まともに見える夕霧はさほど人気がないそうだ。この店で遊女を買う大抵はよほどの好きものなのだ。
弥治郎は、見送りの場所などになにか関係があるのだろうかと考えた。新地は狭い。新地と現し世を区切る大門まで歩いても十分はかからぬだろう。
二階にあがれば既に夕霧が待機しており、するりと頭を下げた。夕霧は細やかな女で、ここにいないかのような儚い笑顔が印象的な遊女だった。弥治郎が夕霧と離れ難く、その大門までの十分すら惜しいと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。
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