1.昼日中

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 だから、弥治郎は思い切って宇吉に尋ねることにした。 「山辺さん。身請けを喜ばぬ遊女はいるのでしょうか」 「……どうなのでしょうね。普通は喜ぶと思いますが。喜ばれないのですか?」 「それがどうもわからぬのです。自分はこの楼を離れられないとのみ述べるのです」  宇吉は心配そうに、僅かに首を傾げる。 「見請け金が莫大であるのを遠慮されているとか」 「金額の問題でもないようで」  弥次郎は幽凪に身請けを申し出たときのことを思い出していた。遊女を身請けするにはまず楼主に伺いを立てねばならない。あれも薄暗い夕暮れのことだった。幽凪屋の暖簾を潜り、番頭に楼主に繋いでもらう。丁度青山と出会い、帽子店を始めることが決まった頃合いである。 「楼主様、夕霧を身請けするにはいくら入用でしょうか」 「おや。お客人、本気仰っしゃられているのです?」 「まだ目処は立ちませんが、新しく仕事を始めましたのでいずれは、と考えております」 「へぇ。そうですね。夕霧の借金はいくらで御座いましたかな、おい」  番頭が運んできた帳簿を、幽凪は煙管を燻らせながらペラペラとめくる。その時間をただひたすらにじっと待つ。やがて示された金額は、青山の予想した金額とそう変わらなかった。いずれ自分にとっては途方もない金額だ。聞いた話ではこれに祝儀金やらなにやらもかかるらしい。 「うちはこれだけ払ってもらえればよう御座います。相場外れの額じゃ御座いません。後は夕霧とご相談ください」  嗄れた幽凪の声に弥治郎は困惑した。なぜなら、見受けの話は通常楼主とのみ行うものだからだ。 「夕霧に?」 「ええ。うちは家族みたいなものですから。本人の意思が肝要です。夕霧に出ていくつもりがないのでしたら、身請けに応じるこちは致しかねます。これはあの子の借金でございますからな」 「それは確かにそうなのでしょうが。その、何かあるのでしょうか」 「さて。それは直接夕霧に聞いてごらんなさい」  幽凪はそう述べて目を細めた。  身請けというものは遊女の借金を肩代わりするものだ。それであれば遊女が拒めば為せぬのも道理なのかもしれない。  けれどもその時、弥治郎は断られるはずがない。そう思っていた。格子の前に見せ物の如く並べられ、春をひさぐ暮らしはろくなものに思えなかったからだ。
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