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「ムツキ」
名を呼ばれ、短めの黒髪を6対4に分けたトレーニングウェア姿の青年・・・安達 睦月は振り向いた。
身体165cm、体重は62kgと小柄だが、その鍛えぬかれた腹筋や背筋は見るものを圧倒する。
目はクールな切れ長の一重、瞳の色は黒。
ランニングマシーンで汗を流しているムツキに声をかけたのは、同期の松中 エリーというハーフの女性で二十歳。
髪色はブラウン、ヘアスタイルはポニーテール。
目は優しげな印象の二重まぶたで瞳の色はヘーゼル。
身長はムツキより高く、167cmありスリーサイズは上から85、55、88。
ムツキ程では無いが、トレーニングで培った身体は細身ながらもしっかり筋肉がついており、引き締まっている。
ムツキはランニングを続けながら挨拶をかわす。
「やぁ、エリー。何か用?」
「挨拶しに来ただけ。私も明日から例の精肉工場に配備されるから」
「そうなんだ・・・宜しく」
表情一つ変えずランニングを続けるムツキに対して、エリーは苛立ちをあらわにする。
「もっと喜びなさいよ!私よ、私!どっからどう見ても治安組織の若手の中で一番可愛いでしょ?」
そう言いながら、トレーニングウェア姿のエリーは様々なポーズをとってムツキに披露した。
「あ、いや・・・可愛いさは仕事に関係無いから」
「あるわよ!士気が変わるのよ!ムツキのバカ!」
言うだけ言って、エリーはトレーニングルームから出て行ってしまった。
「今の・・・なんだったんだろう」
気を取り直し、ムツキはランニングを続ける。
ランニングは良い・・・勝ち負けが無い。
自分の限界に挑戦すると考えれば、強いて言うなら対戦相手は自分自身だろう。
己に勝つ・・・良い響きだ。
結局、競う事は争いの縮図に過ぎない。だから、無益な争いを起こさない為にも結果が表示されないランニングマシーンがベスト。
パンチングマシーンなど、もっての他だ。競争意識を煽るから。
争いは実に下らない。そのきっかけになるような事は極力したくない。
仕事をこなし、評価され、結果を出し、また評価が上がる・・・だが、人に認められたからと言って、それが何になるというのだろう。
金なんて最低限あれば必要無いし、給料が上がったところで生活は何も変わらない。
治安組織は人類再構の礎などと言われているが、もう既にこの仕事に遣り甲斐を見出だす事ができなくなっているのが僕の現状。
組織に所属を希望した理由は、科学者だった両親がテロリストに殺されたからだ。
復讐したくて組織に入り、3年の過酷な訓練を経て現場に出て半年・・・任務で強襲したテロリストの隠れ家で偶然、両親の仇を発見して仇をとった。
あまりにも呆気なく終わってしまった僕の復讐劇・・・抗体を守る為に命をかけた両親の事を考えると申し訳ない気持ちになるが、今さら抗体を得たところでそれが何になる?
抗体を守る側も難癖つけて抗体を奪おうとするテロリスト共も、結局は何をしたいのか・・・火種になるくらいなら、いっそ無くなってしまえば良いとさえ思う。
僕はもっと父や母と一緒にいたかった。だから、抗体に対して否定的な思考を持っている。
そもそも、仮に地上に戻っても植物以外は全滅し荒れ果てた世界に希望なんてありはしないだろう。
現に地上調査隊の活動は30年という月日の中、たった3回しか行われていない。
待てよ・・・このまま治安組織で明日には死ぬかも知れないテロリストとの戦闘やら要人の護衛より地上調査隊の方が遣り甲斐を見出だせるのでは?
そんな事を考えながら、ムツキはランニングを終えた。
汗をタオルで拭き、ドリンクを飲む。
「食べなければ得る事のできない抗体か・・・そういえば、何の肉なんだろう。鳥だったら良いな・・・鳥が一番、身体にとって理想的な食材だ」
海底都市に住む人々の大半は、抗体そのものの存在を知らされていない。
都市伝説程度に食べるとウイルスに感染しなくなる肉がある・・・なんて噂されてはいるが、海底都市で生活している人々のほとんどはムツキのように地上に対して興味も関心もなかった。
手軽に作れる節約レシピの方が、よっぽど興味深いだろう。
治安組織に所属する者たちは、その事を知らされてはいるが口外する事は禁じられており、詳しくは聞かされていない。
知っているのは工場で働いている人間、一部のVIP、治安組織の上層部、そして科学者達だけだった。
工場で働いている人間は海底都市の底辺で生きる貧民区出身者達で機密保持の為、工場の敷地外からは出られない。
マイケルやジュラもそうだった。
トレーニング施設を出たムツキは、バイクに股がりヘルメットを被る。
「さて、晩御飯は何にしよう」
そう呟き、ムツキはバイクで走り出した。
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