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「……台本が湯船に浸かるなんてねぇ〜」
何度経験しても不思議な気分になる。鏡を見ても人間と全く同じ姿なのに、中身は紙を素材にしたあやかしなんだから。最初はおっかなびっくり入ったものだった。それも時間が経つとこうして当たり前の日常と化した。
熱いお湯で顔を洗う。生き返ったような気分がした。
和咲と離れるこの時間だけは、唯一演技をしないでいられる時間。この時間を偽りのない自分で過ごすことで24時間を乗り越えている。
大きく息を吸うと湯船に潜り、息を止める。息が切れる限界まで我慢して顔を上げる。乱れた呼吸と上下する胸が、自分という存在を実感させてくれた。
僕にとっては、奇妙な同居生活が始まってどのくらい経つだろうか。目を閉じて過ぎた季節を数えてみれば、もう三年は経つ。
初めて僕が和咲の恋人となって訪れたときも、カーネーションが咲いていた。彼女の元へ戻ってきた僕に、彼女は真っ先にその花を渡したのだ。白とピンクのカーネーション。
それから毎日はあっという間に過ぎた。内心、戸惑うことの多かった一年目。楽しくなった二年目。日常になった三年目。
この先、音葉和咲がいつまで生きられるのかはわからない。だけどそのときまで、僕は演技をし続けよう。それが僕の使命で、和咲の願いなのだから。
湯船から出ると、僕は私に姿を変えて和咲の元へと向かった。
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