人を喰う家

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人を喰う家

「102だったよな」 「ねぇやめようよ」 「だいじょぶだって」 「え、くつ‥‥‥」 「いいんだよ、どうせだれも住んでないんだから」 男の子四人は土足のまま室内に入っていく。 リーダーらしき男の子が風呂場のドアを開けた。 「おお~湯船あんじゃん。のぶと、おまえ入ってみろ」 「えっ? いやだよ」 「おれ達もあとで入るからさ」 「友達になりたいんだろ? だったら勇気見せろよな」 「‥‥‥ちょっとだけだよ?」 「のぶと」と呼ばれた男の子が恐る恐る(から)の湯船に足をかけた時、示し合わせた三人が力いっぱい背中を押した。 「わっ!」 底に残った僅かな水が「のぶと」の服をねとりと濡らす。 歓声をあげながら102号室を飛び出し、三人はぴたりと外からドアを押さえた。 「やだっ! 開けてっ開けてよぉっ!」 「のぶと」は泣き叫んでドアを叩く。 三人は笑っていた。 が、 「やっ、やだ助けて、いやだ――ッ」 狂ったように叩かれるドア板を、声が止み、ドアが動かなくなるまで三人は必死で押さえていた。 「そ、そろそろ出してやるか」 無人の廊下は踏み込んだ時とはまるで違う空間に見える。 「し、仕返しにかくれてんのかな」 「のぶとぉっ! ふざけんなよっ!」 玄関に立ったまま「まさお」は怒鳴る。 上がり込む勇気はもう無かった。 あんなに怖がっていた「のぶと」が一人で奥に隠れられるはずがない。 「ねぇ、やっぱり、ここ‥‥‥」 「だまれよバカッ!」 「うわ~んこわいよぉっ」 人を喰う家。 このアパートの最後の住人は一人の老女だった。 息子夫婦とうまくいかず、ここで暮らしていた彼女は身体を(こわ)し、結局嫁が選んだホームに入居することが決まった。 だが、迎えにきた息子がいくら説得しても出てこない。 困りはて、管理人に頼んで鍵を開けてもらうと、今しがたドアの向こうで確かに怒鳴っていたはずの母親の姿はどこにも無かった。 「の、のぶとぉっ! あと十数えて出てこなかったらほ、ほんとに置いてくからなっ! いぃ~ち、にぃ~い、ほらっおまえらもやれよ!」 「のぶと」は出てこない。 「お、おれ達、ほんとに知らないからなっ」 振り返りもせず、三人の子供は逃げ帰った。
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