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プロローグ
その声に、意識を奪われた。
無理のない高音への移行と、突き抜けるような歌声に。だから───。
はあ?
だから、軒の向こうから聞こえてくる伸びやかな歌声があいつのものだとは、一瞬わからなかった。
時折笑い声を交えながらの、教師のカツラをからかう馬鹿馬鹿しい替え歌だったが元曲はそれなりの歌唱力を必要とするもんで、いつもぎこちなく、音をとりかねている姿からは想像もつかない。
間違いじゃないかと風除けの隙間から覗いてみたら、やっぱり糸目のあいつが、童顔のアキ相手に見たことない楽しげな笑顔で大口を開けて歌っていた。
……まあまあ、な。
まあまあ、だけど、まあ。
そこそこまともに歌えんじゃねえかよ。
アキには、まだ生音に不慣れなだけだからとは言われてたが、今の歌なら、まあ、そうかと思わないでも……ねえか?
「よお、おまえら早いな」
声をかけた瞬間。
つうか、俺の姿を目にした瞬間あいつは口を閉ざし、その頬から笑みを消し去った。
は?
もしかして歌えない原因は俺か?
「おまえが遅いんじゃ、ボケ。ちゃう、つか、めちゃおもろいの。ハルのさ、小出っちの替歌っ! な?」
笑顔を湛えたままのアキに視線を送られた本人は、はは、と小さく笑って俯いてしまう。
その反応にアキが真ん丸い目を吊り上げて俺を睨みつけてきた。
「こらっジンナ! おまえはっ! また威嚇したのかっ!! こらっ!!」
面倒くせぇ。
「なんもしてねえっつの。なあ」
当人に同意を求めれば、曖昧に、情けなく笑って首を縦に振るだけ。
……イラつく。
さっきまでそれはそれは楽しそうにしてたくせに。
そりゃ俺も優しい態度とってるとは言い難いが、そんなに煙いかよ。
「どうでもいいわ。さっさと行こうぜ」
歌がどうこう以前に、はっきりしない態度からなにから、こいつとは絶対あわない。
アキがうるさいからしょうがなくボーカルに入れたけど、他にいいのがいたら即クビにしてやる!
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