Vol.01 - 復活

2/39
前へ
/39ページ
次へ
 なぜ、死ぬのか?  それは、ケイイチが「役立たず」だからだ。 「小さい頃はよかったな……」  仰向けで呼吸を整えながら、ケイイチは少しだけこれまでの事を思い出していた。  ケイイチは、小さな頃からずっと父親に「人の役に立ちなさい」と言われ育ってきた。  幼い子供にとって、親の言う事は絶対だ。  父の言葉をまっすぐ素直に受け止めて、ケイイチは物心がつく頃には「人の役に立つ人間になりたい」と思うようになっていた。  子供の頃からの夢は、ヒーローになる事。  困っている人のところに颯爽と現れて、問題を鮮やかに解決する、そんなスーパーヒーローになりたかった。  だから小さな頃は、困ってる人を見つけたら必ず手助けをした。  誰に言われるでもなく、色々なお手伝いも進んでやった。  小さな頃はよかった。本当に。  無邪気な子供の善意であれば、大人達も喜んで受け取ってくれる。  今日、ここに来る途中で出会ったあの老婦人のように、嫌な表情を向けられたり、拒否されたりする事はない。  あの頃は、ほんとうに色々な人の手助けをした。  もちろん、所詮は子供の力でできるような事だ。  今思えば、ほんのささやかななお手伝い程度の事ばかりだったと思う。  でも、喜んでもらえた。たくさんの笑顔が見られた。たくさんのありがとうをもらった。  父も喜んでいたし、自分も誇らしかった。  あの頃は無敵だった。  これを続けていったら、僕はスーパーヒーローになれる。そう本気で信じることができていた。  だから――10歳の頃、自分が両親と血の繋がっていない子供だと知った時も、わりと素直に受け入れられた。  ケイイチは、両親とは血の繋がらない、そればかりかこの世に誰一人として血の繋がる人のいない、社会の安定のために政府によって()()()()された人間だ。  そのことを初めて知った時は、さすがにショックだった。  でも、自分が政府によって作られた子供だというのなら、それは最初から世のため人のための命だったという事だ。世のため人のために活躍するスーパーヒーローになりたい自分には、ぴったりだと思った。何か宿命めいたものを感じ、むしろ嬉しいとさえ思えた。  その事をきっかけに、ケイイチはますますスーパーヒーローになりたい、ならなくちゃ、と思うようになった。  でも、12歳になり、それまで遠ざけられていたAIやロボット達が生活の中に入り込んできて、AIやロボット達のやってきた事、やっている事を詳しく学んだ瞬間に、ケイイチの夢はあっさりと終わった。  AIやロボット達は、凄かった。凄すぎた。  淡々と人々の命と安全を守り続け、黙々とたくさんのトラブルを解決し続けている。  そして彼らはそれを誇る事はなく、見返りを求める事もない。  それは、ケイイチが憧れたヒーローの姿そのものだった。  いや、ケイイチが憧れたどんなヒーローよりも、AIたちのほうがずっと凄かった。  AIたちは、困っている人を助ける助けない以前に、そもそも誰もが困らない世の中を作り上げていた。  みんなが安全に、快適に、自由気ままに過ごせる社会。  汗水垂らして働く必要も、不平不満を口にする必要もなく、誰も明日に不安を抱える必要がない世界。  そこでは誰も「悪」を為す必要がない。困る人もいない。不安に怯える人もいない。  だから、そこにヒーローは()()()()。  その事実を目の前にして――ケイイチは途方に暮れた。  「ヒーローになりたい」「人の役に立ちたい」  それが小さな頃からの夢だった。  なのにその役割は全部AIがやっている。  ケイイチなんかよりもずっと上手く。ずっと大きな力で。  じゃあ、僕はどうしたらいいんだろう。何をしたらいいんだろう。  それが全く分からなかった。  だって、ケイイチの力なんて、誰も求めていない。  ケイイチの手助けを必要とする人なんて、どこにもいないのだ。  それでもケイイチは、誰かのために役に立ちたかった。  そうならないといけなかった。  だってケイイチは、「社会のために作られた人間」なのだから。  ケイイチは色々な事を試みた。  依頼されてない事でも先回りして率先して取り組んだ。  無理難題にも頑張って挑んだ。  そして――それは全部、裏目に出た。  AIほどにうまく立ち回るなんて、人の身には到底無理な事だった。  ケイイチはたくさんの失敗をした。  余計な事をするなと散々に怒られ、色んな人の信頼を裏切り、時にはいいようにこき使われ、パシリになり、都合のいい奴としてアゴで使われた。  何一つうまくいかず、誰にも喜ばれない。感謝などされるはずもない。  ああ、自分は何の役にも立たない、価値のない生き物なんだ。そう思った。  そうあってはいけないのに。  人の役に立たなくてはいけないのに、全く役に立てない。  生きているだけでマイナスばかりを生み出してしまう。  じゃあ、どうしたらいい?  そんなどうしようもない役立たずが、何か世間様のお役に立てる事があるとしたら、何だ?  お役に立てる事があるとしたら、それは――  これから生み出すマイナスを、ゼロにする事くらいしかないんじゃないか?  これからの人生で自分が消費するリソースと、自分の行動によって周囲にかけるであろう迷惑を、ゼロにする。  それこそが、自分にできる唯一にして最後の奉公なんじゃないだろうか。  だって、自分の命は世のため人のためのものなんだ。  世のため人のためにならないのなら――  だったら――  ――呼吸は、落ち着いた。  体も、問題ない。  ケイイチは体を起こすと、立ち上がり、ゆっくりと屋上の端のほうへと歩みを進めた。  そして屋上をぐるりと囲む鉄柵に近づき、それに手をかけた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加