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なぜ、死ぬのか?
それは、ケイイチが「役立たず」だからだ。
「小さい頃はよかったな……」
仰向けで呼吸を整えながら、ケイイチは少しだけこれまでの事を思い出していた。
ケイイチは、小さな頃からずっと父親に「人の役に立ちなさい」と言われ育ってきた。
幼い子供にとって、親の言う事は絶対だ。
父の言葉をまっすぐ素直に受け止めて、ケイイチは物心がつく頃には「人の役に立つ人間になりたい」と思うようになっていた。
子供の頃からの夢は、ヒーローになる事。
困っている人のところに颯爽と現れて、問題を鮮やかに解決する、そんなスーパーヒーローになりたかった。
だから小さな頃は、困ってる人を見つけたら必ず手助けをした。
誰に言われるでもなく、色々なお手伝いも進んでやった。
小さな頃はよかった。本当に。
無邪気な子供の善意であれば、大人達も喜んで受け取ってくれる。
今日、ここに来る途中で出会ったあの老婦人のように、嫌な表情を向けられたり、拒否されたりする事はない。
あの頃は、ほんとうに色々な人の手助けをした。
もちろん、所詮は子供の力でできるような事だ。
今思えば、ほんのささやかななお手伝い程度の事ばかりだったと思う。
でも、喜んでもらえた。たくさんの笑顔が見られた。たくさんのありがとうをもらった。
父も喜んでいたし、自分も誇らしかった。
あの頃は無敵だった。
これを続けていったら、僕はスーパーヒーローになれる。そう本気で信じることができていた。
だから――10歳の頃、自分が両親と血の繋がっていない子供だと知った時も、わりと素直に受け入れられた。
ケイイチは、両親とは血の繋がらない、そればかりかこの世に誰一人として血の繋がる人のいない、社会の安定のために政府によって計画生産された人間だ。
そのことを初めて知った時は、さすがにショックだった。
でも、自分が政府によって作られた子供だというのなら、それは最初から世のため人のための命だったという事だ。世のため人のために活躍するスーパーヒーローになりたい自分には、ぴったりだと思った。何か宿命めいたものを感じ、むしろ嬉しいとさえ思えた。
その事をきっかけに、ケイイチはますますスーパーヒーローになりたい、ならなくちゃ、と思うようになった。
でも、12歳になり、それまで遠ざけられていたAIやロボット達が生活の中に入り込んできて、AIやロボット達のやってきた事、やっている事を詳しく学んだ瞬間に、ケイイチの夢はあっさりと終わった。
AIやロボット達は、凄かった。凄すぎた。
淡々と人々の命と安全を守り続け、黙々とたくさんのトラブルを解決し続けている。
そして彼らはそれを誇る事はなく、見返りを求める事もない。
それは、ケイイチが憧れたヒーローの姿そのものだった。
いや、ケイイチが憧れたどんなヒーローよりも、AIたちのほうがずっと凄かった。
AIたちは、困っている人を助ける助けない以前に、そもそも誰もが困らない世の中を作り上げていた。
みんなが安全に、快適に、自由気ままに過ごせる社会。
汗水垂らして働く必要も、不平不満を口にする必要もなく、誰も明日に不安を抱える必要がない世界。
そこでは誰も「悪」を為す必要がない。困る人もいない。不安に怯える人もいない。
だから、そこにヒーローはいらない。
その事実を目の前にして――ケイイチは途方に暮れた。
「ヒーローになりたい」「人の役に立ちたい」
それが小さな頃からの夢だった。
なのにその役割は全部AIがやっている。
ケイイチなんかよりもずっと上手く。ずっと大きな力で。
じゃあ、僕はどうしたらいいんだろう。何をしたらいいんだろう。
それが全く分からなかった。
だって、ケイイチの力なんて、誰も求めていない。
ケイイチの手助けを必要とする人なんて、どこにもいないのだ。
それでもケイイチは、誰かのために役に立ちたかった。
そうならないといけなかった。
だってケイイチは、「社会のために作られた人間」なのだから。
ケイイチは色々な事を試みた。
依頼されてない事でも先回りして率先して取り組んだ。
無理難題にも頑張って挑んだ。
そして――それは全部、裏目に出た。
AIほどにうまく立ち回るなんて、人の身には到底無理な事だった。
ケイイチはたくさんの失敗をした。
余計な事をするなと散々に怒られ、色んな人の信頼を裏切り、時にはいいようにこき使われ、パシリになり、都合のいい奴としてアゴで使われた。
何一つうまくいかず、誰にも喜ばれない。感謝などされるはずもない。
ああ、自分は何の役にも立たない、価値のない生き物なんだ。そう思った。
そうあってはいけないのに。
人の役に立たなくてはいけないのに、全く役に立てない。
生きているだけでマイナスばかりを生み出してしまう。
じゃあ、どうしたらいい?
そんなどうしようもない役立たずが、何か世間様のお役に立てる事があるとしたら、何だ?
お役に立てる事があるとしたら、それは――
これから生み出すマイナスを、ゼロにする事くらいしかないんじゃないか?
これからの人生で自分が消費するリソースと、自分の行動によって周囲にかけるであろう迷惑を、ゼロにする。
それこそが、自分にできる唯一にして最後の奉公なんじゃないだろうか。
だって、自分の命は世のため人のためのものなんだ。
世のため人のためにならないのなら――
だったら――
――呼吸は、落ち着いた。
体も、問題ない。
ケイイチは体を起こすと、立ち上がり、ゆっくりと屋上の端のほうへと歩みを進めた。
そして屋上をぐるりと囲む鉄柵に近づき、それに手をかけた。
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