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「君たちはどうしてそんなにのんびりしていられるんだ?」
川辺で甲羅干ししていたカメに、ウサギは尋ねた。
「僕たちは長生きだからね。のんびりしているくらいが丁度いいのさ」
カメは今にも眠りに落ちそうな調子で答えた。
ウサギは多少、いらだった。
「それにしたって、永遠に生きてるわけじゃないだろう? 何か目標をもって常に邁進していたほうが、より充実した有意義な時間を過ごせると思わないか?」
「充実した時間ねぇ」
川のせせらぎ、木々のささやき、あたたかな木漏れ日によってカメはうとうとしかけたが、やがて思い出したように話を続けた。
「こうやって日光浴しながら君とおしゃべりするのは、僕にとってすごく充実した時間だよ」
ウサギは多少、いらだった。
「それもそうだが、もっとビシバシ議論を戦わせたほうがいいアイディアが生まれそうだと思わないか?」
夢うつつのカメは、首をこっくりこっくりさせている。
ウサギはいらだちを抑えるため、毛づくろいを始めた。
「うん。でも君と僕じゃ好みも得意分野も違いすぎるからね。例えば、僕らが山の麓から頂上まで競走したとして、君が途中で昼寝でもしないかぎり、僕に勝ち目はないと思うんだ」
「私はそんなヘマはしないよ」
「例えばの話だよ」
カメは目をつむったまま答えた。
「だけどもし、一生かけて移動距離を競うとしたら、僕にも勝ち目はあると思うんだ。なにせ、長生きだからね」
「まったく現実味のない話だ」
「そうだねぇ」
「兎が月に住んでいるというのと同じくらい、現実味がない」
「竜宮城があるかないかというのと同じくらい、不毛な話だね」
「えっ、竜宮城ってないのか?」
それについての回答をカメがゆっくりゆっくり考えていたとき、突如ズドドドッという地響きが聞こえたかと思うと、草影からイノシシが現れ、そのまま川に飛びこんだ。そしてしばし浅瀬でごろごろ転がったのち、「あーすっきりした」といってぶるぶる水けを振り払い、どこかへ行ってしまった。
ウサギは間一髪逃げて無事だったが、カメのほうはそうはいかなかったらしい。泥沼のようになった川に甲羅がぷかぷか浮いているのを見つけたウサギは、こわごわ声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」
にょきっと首と手足を出したカメは、泥水をかいて陸に上がった。
「せっかく甲羅干ししたのに台無しだね。同情するよ」
ウサギが慰めると、カメは嬉しそうに答えた。
「いやあ、とっても有意義な一日だよ」
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