【 ひとりぼっち 】

1/1
前へ
/17ページ
次へ

【 ひとりぼっち 】

 ――次の日の早朝、こっそりとテーブルの上に置手紙と盗んだ下着を置いて、母が寝ている間にアパートを出た。  今日、死ぬつもりで……。  でも、どこで死ねばいいんだろう。行く当てなんてない。  とりあえず、最寄りの駅からなけなしのお小遣いを使って、来た電車にそのまま飛び乗った。  手に持っているのは、僅かなお金のみ。  でも、このお金ももう僕には必要はない。  今から、死ぬのだから……。  車窓から見える景色が、次々と変わってゆく。  灰色一色の都会から、段々と家も(まば)らになり、田んぼや畑が目立つようになる。  しばらくぼんやりと外の風景を眺めていると、やがて潮の香りがしてきた。  空に見える雲も都会と違う。電車の窓を少し開けると、朝の光がとても眩しくて、僕の短い髪をふわふわと揺らしながら通り抜けるやさしい風も、何だか爽快だ。  海が見えてくると、キラキラと朝日が輝き、船の汽笛が遠くから低く響いてくる。  昔、家族で行ったことのある海が見える。  電車の終点。そこで降りると、小さい頃の記憶が少しずつ蘇ってきた。  駅のホームから松林を通り抜けると、やがて白い砂浜が見えてくる。  白砂を踏みしめたスニーカーがキュッキュッと音を立てた。  そして、目の前に開けた壮大な青い空と海の風景に、何だか心が一瞬弾んだ。  今から死のうとしているのに、不思議な気分だ。  眩しいオフホワイトの太陽を左手で顔の前にやり、少しばかりの影を作りながら、知らない間に口が自然と開いた。 「すごいな。大自然って……」  夏の海はやっぱり最高だ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加