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「アマイモノ」は人間を幸せにしてくれるらしい。
それがどんなものかは知らないが、僕は気に入らなかった。
「そんなものが無くたって、僕が幸せにしてやれるのに」
小さな祠に住み着いて、日々人間の願いに耳を傾けては叶えてきた。
しかし、最近は訪れる人間の数が減ってきて、退屈な日々が続いていた。
あぁ、気に入らない。きっと「アマイモノ」のせいなんだ。
「カヤナリ様、カヤナリ様、今日は朝焼けが綺麗ですよ」
週に一度訪れて祠を掃除してくれる、ユウコと呼ばれる人間に声を掛けられた。
こいつは、僕の姿も見えず声も聞こえないはずなのに、いつも名前を呼んで話し掛けてくる変わり者だ。
「明日は雨のようなので、今日はお布団を干そうと思います」
不思議なことに、こいつの口から願い事は聞いたことが無かった。日々の心境を穏やかに話しては、満足そうに帰っていく。
あぁ、気に入らない。お前はいつも大事な話をしてくれない。
因みに明日は雨なんて降らないし、降るのは今日の昼からだ。
きっと何処かの嘘つき狐に騙されたのだろう、お前は騙されやすそうだからな。
「はぁ、仕方がない奴だな」
僕は編笠を深く被り、赤い鼻緒の下駄を空に向かって蹴りあげた。
ちゃぷん、と下駄は空に吸い込まれそのまま戻って来なかった。
赤い鼻緒の下駄を空に捧げると、その日は一日晴れになる。黒い鼻緒の下駄を空に捧げると、その日は一日雨になる。
人間の願いを叶える為に、よく使っていたおまじない。
訪れる人間が減り、僕の力は弱くなり、こんなしょぼいおまじないをするだけで、かなり疲れてしまう体になった。
あぁ、気に入らない。こんな姿、あいつに見せてなるものか。
あいつが願い事を話したくなるような、力の強いものであり続けなくては。
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