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やれやれ、どうしたものか。
はぁ、と短いため息を吐いてから一歩子供に近寄った。
「この程度の傷で狸は死なぬ。とっとと帰るがよい」
人間と話をするのは何年ぶりだろうか、そんな事を考えていると、子供はその大きな黒い目を更にキラキラと輝かせた。
「たぬきさん、死んじゃわないのね!!教えてくれて、ありがと!!」
子供は嬉しそうに空へ向かって声を掛けた。そんなところに僕は居ない、全く阿呆な子供だな。
「これね、たぬきさんに渡して欲しいの!!この前ね、あやこが怪我したときにお母さんがくれた葉っぱと同じものなの!!」
『アヤコ』という名の子供はそう言うと、つま先を立てて背を伸ばし、お供えされた御神酒の隣にヨモギの葉をドバっと置いた。
おいこら、僕の居場所に何をする。不敬な奴の願いなんて叶えてやるものか。
文句のひとつでも言ってやろうと口を開いたときだった。
「ふふっ、大丈夫でよかった。ひとりで怪我したら、きっとたくさん寂しいから」
手のひらはヨモギの緑で染まり、頬は泥だらけ、腕や足はかすり傷だらけなその子供。
自分のことは気にもせず、見知らぬ狸の為にくしゃりと眩しく笑うから、僕は文句を言う気が削がれてしまった。
全く、阿呆な子供だな。
あぁそういえば、何年か前に似たような小娘を見かけたことがあったような。
そんなことを考えている間に、子供はどうやら帰ってしまったようで、潰れたヨモギと気付けば足元で眠っている狸だけが残された。
「はぁ、仕方がない奴だな」
ヨモギを石ですり潰し、狸の脚にそっと塗ってやった。きっと、数日もすれば良くなるだろう。
御神酒にくぴっと口を付け、足元に温もりを感じながら、僕は再び眠りについた。
不思議とその日の酒はいつもより美味く感じた。
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