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「ゴールデンウイークに、実家に帰るんだけど、早苗、ウチに遊びに来ない?」
仕事終わりの女子更衣室で、前橋いつきと太田早苗が話していた。
「ほんとに? 行っていいの? お父様お母様にご挨拶かあ。ちゃんとして行かなくちゃ」
あいかわらず、早苗は変な反応をしている。
「彼氏の家に初めて行くんじゃないからさ。ウチの親が、早苗を見たいって」
「いつき、わたしのこと変な子だって、話しているんでしょー」
「そんなこと言ってないよー」
二人は騒いでいる。女子高生か。
「愛も、来ない?」
いつきの声が、背を向けていた桐生愛に飛んだ。愛はロッカーの内側の小さな鏡に向かって、髪を直しながら、
「……行かない」
髪を直し終えて、続けた。
「二人で行けば」
「えー、三人の方が楽しいと思うけど」
「毎日、会社で顔合わせてんのに、なんで休日まで、あんたら見なくちゃなんないのよ」
愛は、ロッカーの扉を閉めた。
「わたし、連休は予定あるんだ。だから無理。じゃあお先に」
そそくさと愛は更衣室を出た。ヒールの足音が廊下に響く。
早苗と一緒というのが何か嫌だった。嫌いじゃないけど苦手。彼女の障害のせいか、会話が噛み合わない。でも高学歴高身長美人の早苗は、次の社長秘書候補だと噂されている。
愛は会社を出た。愛の会社、アカツキ製薬は地元有数の製薬企業で、入社式の日は両親も喜んでいた。それが、ほぼ一年前。今、あの時の興奮はない。むしろ不安? 会社、これからどうなるんだろう?
夕暮れの街を歩きながら、愛はぼんやり考えた。会社で働き、彼氏ができて、数年で結婚し、子供が生まれる。わたしの人生、そんなもんでしょ。輝くことはないが安全な未来。
公園のそばを抜け、橋を渡る。街を流れる小さな川にかかった橋。両岸から緑の枝葉が伸びる。その木が桜だと、愛は知っていた。
早く、早く帰ろう。だって。
今、わたしには秘密がある。
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