彼女の呼び声

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「おめでとう。合格だって」  先週、マネージャーの小中さんからそう聞いた時、私は目の前が明るく鮮明になったような気がした。世界がDVDからブルーレイになったみたいな、比喩なんかじゃなく見えるもの全てが光に包まれるようなそんな夜明けの瞬間。  ……つ、ついにオーディションに合格した。私の夢が叶う時が来たんだよ……!  私、上原菜奈の職業は声優。とはいえ未だにデビュー作は無いし養成所を出てからの仕事もゼロ。だから嬉しすぎる。声優の卵から、ついに殻を破る時が来たんですよ。  私が最初に声優になりたいと思ったのは小学生の時。  テレビでアニメのアフレコ現場が特集されていて、撮影されていたのはちょうど当時、私が好きだった変身ヒロインアニメの現場だった。その時の声優たちのプロ特有の雰囲気。こう、なんていうのかな。アフレコ前は普通のお兄さんお姉さんって感じなんだけど、いざ本番が始まると別人みたいにシリアスになって、声だけで演技をしていく。  私は、それまで絵でしかなかったキャラクターが本当にそこにいるように思えて、命を吹き込むってこういうことなんだ。あんな風に私もキャラクターを演じられたらいいなぁって心からそう思った。  それ以来私は声優になることを目標に頑張り始めた。  色々あったよね。声優になることへの両親の説得から始まって、青春の全てをレッスンに捧げて、それでも上手くいかない毎日。自分が何のために演じているのか分からなくなる事もたくさんあった。  だけどあきらめずに頑張って、そしてオーディションを勝ち抜いて、明日はいよいよ収録の日だ。声優上原菜奈としての日々が始まるんだ。  よし、もう一度、台本のチェックをしますかな。私が演じるのは、来年リリース予定のソシャゲ『リンクスファンタジー』のヒロインの一人、冴羽マーヤ。この子は子供なんだけど、子供扱いされるのを嫌っていて、唯一対等な関係として頼りにしてくれる主人公に好意を抱いている。  えっと、セリフは―― 「やっほー、マーヤだよ」 「ここからは私に任せて!」 「そろそろ止めをさしちゃおうかな?」 「轟け、ファイヤーウィンド!」  ――うん。チェックはこんなところ。そろそろ休んだ方が良いかな。  はぁ。それにしても胸の高なりが止まらない。ワクワクドキドキで子供じゃないけど興奮して眠れないよ。  お酒……ってんでもないし、ちょっと夜風にでも当たって来ようかな――
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