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そうして半年が過ぎた。いつしか赤ん坊はつかまり立ちをするようになっていた。
これ以上は無理だ。俺は決意を固めた。
いつものように朝帰りした母親を待ち伏せ、これまでのことを打ち明けた。
母親は驚いた様子だった。聞くと一人で赤ん坊を育てることに耐えられなかったらしい。俺の話を真剣に聞くと、これからはちゃんと育てますと約束した。
これでやっと赤ん坊とお別れだ。いやもう赤ん坊じゃない。幼いながらも立派なガキだ。まだ乳くさいと思っていたのによ。
「どうしても育てられないと思ったら、連絡しろ」
思わず口をついて出た言葉に自分でも驚く。どう言えばいいのか、言葉にならないこの気持ち。これが子を想う親心というやつなのだろうか。親の愛も知らずに生きてきたのに。笑っちまうよ。
気がつけば目じりが濡れていた。
手のひらで髪の毛を掻き上げる素振りをして、それを拭う。温かく湿った感触に赤ん坊の火照った肌の温もりが甦る。ミルクを飲みながらいつも汗ばんでいた。
「ここに連絡先が書いてある。どうしても育てられないと思ったら、いつでも言ってこい。俺が育てるから。いいな、わかったな。とにかく大切に育てろ」
自分でもわけのわからない感情を抑えきれず、吐き捨てるように言い放つとアパートを後にした。もう二度と会うことがないことを願って。
はぁ。朝陽が昇る空を見上げ息を吐く。
なんなんだこの気持ち……。
くそ、泥棒失格だ。
自分の子でもないガキに、俺の心は完全に奪われていた。
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