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水も滴るイイ男
「だから、何回言ったらわかるの?もう、無理、別れましょう。さよなら!」
彼女はすごい剣幕で一気に言うと、席を立つ間際、グラスの水をドラマの様に彼にかけて走り去っていった。午後の大学内カフェテリアに人がまばらであったのは幸いだが、その分彼女のスクリームと、静けさに水の染み入る音は響き渡った。立ち去った彼女は、それでも彼に引き留めてほしそうな涙を浮かべていたのに対し、水も滴るいい男の青山 文人の方はいつもの通り、無表情である。
「あーぁ、ふみくん、またやっちゃった?」
実はあの彼女と付き合い始めてからずっとこの日を待っていた藤ヶ谷 ルカは、文人にわからない様ひとしきり笑みを噛み殺してから彼に近寄る。
「ルカ」
「今年に入って何回目?」
「さぁ、数えてないけど」
「女泣かせだね。四回目だよ。水は、二回目。いい加減学んだら?」
「学ぼうとはしている。でも、理解が、足りないらしい」
「だからぁ、ふみくんが好きでもないのに付き合うからでしょ」
「それは、、、断りづらいんだから、仕方ないだろ?」
「そういうの、優しさって言わないの。ほら、立って。部室に着替えあるから貸すよ」
「悪い」
ルカはトラックの脇にある部室に文人を連れていった。
「夏で良かったね、シャワーもあるけど使えば?」
「いや、いいよ。もう今日は、帰るだけだし」
「そう、はい。タオルと、Tシャツ」
「ありがと」
タオルと着替えを受け取ると、文人は何の躊躇いもなく自分の服を脱いだ。密かに、文人に想いを寄せるルカは気が気ではない。正直なところ、ガン見したいところだが、良心もちゃんとある。いや、男同士なんだからそんなの意識する方がおかしいしな、いやいや、自分に下心がある以上見るのは卑怯だろう、と一人葛藤している間に文人の着替えは終わってしまった。
「ありがと。洗って返すから」
「あっ、あぁ。それにしても、ふみくんさ、今回は何やったの?ずいぶん怒ってたじゃん」
「さぁ。この一カ月、ルカのアドバイスも聞きながらこれまでよりも彼女に思いやりを持って接してきたつもりなんだけど」
「例えば?」
「えぇと、例えば、、、メッセージの返事は返すとか、意味もないのに休みに会うとか、もっと意味がわからないけど一緒に昼食をとるとか」
「ほんと、ふみくんて、その見た目に反して恋愛偏差値五歳児。いや、それ以下かもね。自分からメッセージ送ったことは?」
「ない」
「自分から、彼女をデートに誘ったことは?」
「ない」
「一応聞くけど、ランチの間の会話は?」
「それは、さすがにある。だって、女性とは黙っていられない生き物だろ?ずーっと喋ってる」
「まぁな。でも可愛いじゃん、自分のためにおしゃれしてニコニコしてる女の子って」
「、、、、」
「ふみくん、彼女は、〈本当に私のこと好きなの?〉とか言ってた?」
「一字一句違わず言っていた。嫌いではないと答えたらアレが降ってきた。どうすれば良かったかわからない、、、」
「その正解は、〈好きだよ〉なんだよ?」
「だって、好きではないんだからさ。仕方ないじゃない。だいたい、初めは、私のこと好きじゃなくても良いですとか言いながら、付き合ったとたん〈好き〉を要求するわ、連絡して、私を見て、髪を切ったら気付いて、他の女の子を見ないで、、、最後にはみんな激昂して、僕が振られる。理不尽すぎないか?」
「それが、女の子なんだから」
「疲れた、、、。着替えありがとな、先に帰るわ」
「あぁ。また明日」
文人は、疲れ果てた様子でルカの部室を去って行った。
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