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いつまでも床の中でぐずぐずしている二階の隼人のもとへ、五郎左は料理を盆に載せて運んだ。
茶碗一盛りのご飯、大根の味噌汁、ほうれん草のお浸し、鰯の煮付け、昨日の店で余った煮物。ごくごく普通の、いや少し贅沢な朝ご飯だ。
味噌汁の香りでようやく目を覚ましたのか、のっそりと起き上がる。
「美味しい匂いがする……」
第一声がそれか、とほくそ笑んでいると、正気に返ったのか隼人は布団の上で三つ指を突いて頭を下げた。
「ゆうべはありがとうございました。助けてもらった上に、あんなことやこんなことを」
「……冷めるから、はやく食え」
嫌味の一つでも言ってやろうと思っていたのに、寧ろ五郎左の方が赤くなり、返り討ちに遭った気分だった。
「五郎さんの料理をまた食べられると思ってなかった」
箸を取るやいなや、皿の上のものは気持ちいいくらいに片付いていく。
「すごく嬉しい。美味しい」
「そりゃどうも」
朝の光の中、五郎左はこのときようやく隼人の顔をまともに拝んだ。
記憶の中の隼人はくりっとした眼の可愛い顔立ちをしていたが、今は少し面長になり頬が痩せ、全体的に甘さが薄れていた。十七歳が二十二歳になれば背だって伸びるし顔も大人になる。
たかが五年、されど五年だ。
実際に御頭から声がかかれば平穏なこの生活こそが仮初めになるというのに、無関係を装っているうちに、足を洗ったとか、俺を巻き込むなとか、いつの間にか身の程を弁えない考え方をするようになっている。
「また食べに来てもいい?」
頷きかけて、五郎左は黙ってしまう。
店を開いているのだから、ただの客としてなら、隼人が食事をしに来てもよいのではないか、そんな都合のいい考えが頭をもたげた。
「ごめん、嘘。もう来ない」
隼人が最後のひとくちを頬張るのを見て、五郎左はお茶を入れた。
急須の中でよく色の出た煎茶が、湯飲み茶碗を満たしてゆく。
その緑色の表面をじっと見ていると胸が塞がれる思いがした。
「五郎さん?」
感傷的になって一時の気の迷いで言っていいことではないと頭では分かっているのに、どうしようもないことだってある。
しかも、隼人が抱えている何かを全く知らないのに。
乱麻小僧のことも、昔の仲間のことも、御頭達の状況すらも何もかもだ。
だけど。
「来たくなったら、店の開いている時間においで」
五郎左は湯飲みを隼人に差し出して、そう言った。
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