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そもそも乱麻小僧が世を騒がせたのは五年前のことだ。
大店の蔵を狙うのも今の乱麻小僧と同じ、盗んだ金子をほうぼうにばらまくのも同じだが、今とあの頃とでは「勤め」の規模が異なる。あの頃は、蔵から千両箱の中身がごっそり失われたものだった。今は切り餅が数個だという。それは仕手の人数の故に他ならない。
再び乱麻小僧が現れたと聞いて五郎左が思ったのは、名を騙った偽物の仕業だろうということだった。ましてや一人働きでこそ泥のような真似をされるのも片腹痛かった。何故なら……。
「御頭も戻ってらっしゃるのか」
何故なら、かつての乱麻小僧一味の盗人宿の管理をしていたのが五郎左だったからだ。
「いや、俺だけ」
一味は解散し、ばらばらになったはずだ。御頭や主立った者達は江戸を出て行ったと聞いていた。五郎左は敢えて留まったが今では足を洗ってただの店の主だ。かつての仲間とはあれきり疎遠になっている。
それなのに何故隼人だけ江戸で一人働きを始めたのか。
「復党の話でもあるのか」
御頭の言う事は絶対だ。また稼業を再開したいとの意向があれば、無論断ることは出来ない。
「五郎さん、匿って」
「質問に答えないなら、俺を巻き込むな」
「そんなこと言わないで」
床の中で背中からぎゅっとされると妙な気分になってくる。あつかましくも腰を密着させ、脚を絡ませてくるのも結果として許してしまった。
相手は十も下の子供なのに、いや、別れた時に十七歳だったからもう子供ではないのか、と思い直した時、すん、と隼人が五郎左の首の辺りを嗅いだ。
「美味しい匂いがする。久しぶりに五郎さんの手料理が食べたい」
「……もう火を落としたから、朝になったらな」
甘えたことを言うのも懐かしくて、これも許した。我ながら処置無しだ。まったく自分は心底隼人に弱い。
「じゃあ、匿ってくれるんだ」
「しょうがないだろう」
喜色を隠さない小声とともに、抱きしめられた。
「俺の好きな五郎さんのまんまで嬉しい」
いやいや、あの頃とは違うだろう。俺だってもう三十路を越えたんだから少しは男っぽくなったはず。
そう言い返したかったのに開きかけた口は塞がれて、舌も絡め取られてしまうのだった。舌を擦られ甘噛みされるうち、頭がぼうっとしてくる。
久しぶりの口づけにどきまぎしながらも、夜の街を走り回る役人の足音や呼び子の音に恐怖心が勝った。追っている相手が見つからないことに焦れて一軒一軒家を改められたら事だなと考えていると、唇を離される。
「五郎さんが俺を売らなければ大丈夫」
売ったら五郎左のこともばらす、ということか。
「踏み込まれたら?」
「窓から逃げる」
五郎左は諦めて息を吐いた。
「その時には既に取り囲まれてるだろう。屋根を伝うのだって骨だよ」
「大丈夫」
その大丈夫には何の根拠もない。
それに、戻って来たのは一人だけというが、御頭達はどうしているのか、何故乱麻小僧を再び名乗っているのか、確かめたいことは山のようにあったが、片手で口が塞がれて耳元に「しいっ」と囁かれ、五郎左は目を白黒させた。
「話は今じゃなくてもいいでしょ」
慣れた手つきで帯を解かれ着物の袷に手を入れられる。
「また逢えるなんて思ってなかった」
耳朶を噛み、熱に浮かされるように口走った隼人の言葉に、五郎左の胸に残る思い出と絡み合って妙に切なくなった。
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