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その日は生憎の曇り空で、昼間だというのに薄暗く、どんよりとした空気感だった。近頃の蒸し暑さに蓋をするような雲を、宇津美 万吉はうんざりして見上げた。
彼は、この町の小さな診療所に務める内科医師だ。その日も町の人の診療に勤しんでいた。
「飲み過ぎです」
きっぱりとした万吉の言葉に、目の前の小太りの男性は目を丸くした。
「な、何かの間違いとか……」
「間違うわけないでしょ、健康診断書の通りですよ」
万吉にきっぱりと言い放たれると、男性は酷く落胆して項垂れた。
彼の名前は、東海林 幸仁。この町の町長を務めている。
「あと、少々肥満体質のようですので、その点も注意が必要ですね」
「そんなぁ! お酒の他に食事まで制限するんですか!」
「まだ数値は超えていませんが、こういうのは気付いたら超えているので、今のうちから意識されていた方が良いですよ」
万吉がこの診療所で働くようになったのは、町長からの依頼があってだった。この小さな田舎町には診療所もなく、気軽に相談ができる施設がなかったのだ。その恩にあやかった万吉が優しい言葉をかけてくれるだろうと踏んだのだろうが、彼は容赦なかった。
「このままだと肝臓が死にますよ。他の器官にも影響が及びます。最悪、脳まで」
「縁起でもない!」
「僕は医者です。嘘はつきませんよ」
その言葉に、とうとう東海林は口を噤んだ。
「ご家族だっていらっしゃるんですから、あんまり心配かけちゃ駄目ですよ」
露骨に落ち込む彼の様子には、流石の万吉も棘を払った言葉をかけた。
東海林は溜息を一つつくと、小さな声で呟いた。
「……言い訳にするのは良くないんですが、実は今頭を抱えている問題がありまして……それを一時でも忘れたくて……」
「問題?」
「……先生! 愚問ですが!」
彼が顔を上げたかと思うと、勢いの声で叫んで、万吉の方へずいと前のめりに近づいた。
「幽霊なんて、信じますか!?」
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