16人が本棚に入れています
本棚に追加
/151ページ
✳✳✳
目の前の専務は、何がそんなに気に入らないのか、さっきから何かを大声で捲し立てている。外にはもう夜の帳が降り始めているというのに、窓一枚隔てたこちら側は、その闇を否定するかのように煌々とした一室だ。
「おい! 聞いてるのか!」
専務が怒鳴り声をあげ、ぎょろりとこちらを睨みつけた。社員はぼんやりとしていた顔つきを慌てて引き締める。
「はあ」
だが、まだ緩んだままの口元からは、だらしのない声が溢れる。それが専務の逆鱗に触れたのは言うまでもない。会社規定のスーツは染みの一つもない真っ白なもので、それが余計に眩しくて堪らない。
「いつまで学生気分でいるつもりだ! 全く、これだから新人は……」
「申し訳ございません」
何度繰り返した言葉だろう。いよいよ飽きてきた。その思いが表情に出てしまっている。
あと少しの辛抱だ、と社員は小さく深呼吸をした。
「新入社員っていうのはなあ、上司の機嫌取ってなんぼだろう! お前なんかが口出しできるような立場にないんだよ!」
「申し訳ございません」
「何だ? そう言ってればいいと思ってるのか? なめるなよ!」
そしてとうとう、専務は社員に、発言権を与えた。
「ほら、何とか言ってみろよ! 学生みたいに難癖つけてみろよ! 社会がどういうもんか教えてやる!」
専務は、怒りのあまり気が付かなかった。
社員が少し俯いていたのは、理不尽な説教に対する憤りからではなく、自分を追い詰めたために泣き出しそうになっているのを堪えているのではなく――、
「承知しました。では、苦言を呈するようではありますが――」
顔を上げた社員は、説教されていたことなど嘘のように、子供のような表情で微笑んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!