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6ー1 動き出す陰謀①
一ヶ月振りに来た町は相変わらずレティシア達を歓迎してはくれなかった。見なれた顔の男が先頭に立ち、レティシア達が持ってきた荷物を確認していく。そして小さく呟いた。
「……少ないな」
「お前達! 無礼だぞ!」
ロジェが前に出ようとするのを手で制すると、レティシアは前に出た。
「お礼が遅くなってごめんなさい。あの時助けてくれた者はもうすっかり回復したわ。本当にありがとう」
ロイは後ろからぺこっと頭を下げて見せると、男達は興味なさそうにそっぽを向いていた。
「足りなかったらもっと持ってくるわ。だから取り敢えずこれでお礼とさせてもらいたいの。それと峠の整備の件だけれど」
レティシアは数日前に父親から来た返答を伝えるのを億劫に感じながら、口を開いた。
「峠の整備には少し時間がかかるかもしれないわ。それでもなんとか父を説得してみせるから時間をもらえると助かるわ」
すると男は吐き捨てるようにぽそりと言った。
「別にそこまでしなくてもいいさ。あそこがどうにかなるなんて思ってもいないからな。実害はたまに通る通行者か俺達がくらいなもんだ。あそこが通れなくても別に不便はないし、領主様だってわざわざ動いてくださる訳がないんだよ」
「そんな事ないわ! 必ず安全な峠にしてみせるから!」
しかし町の人々は、一人、また一人と散っていく。立ち尽くしていると、男はくいっと顎でレティシア達を案内し始めた。
男はこの町の手前にある家に入って行った。警戒しているロジェを先頭に後についていくと、部屋の中でお茶を出してくれる。ロジェは飲まないようにと首を振ったが、レティシアはせっかくだからとお茶を口に含んだ。
「……」
お茶は到底茶葉が入っているとは思えない程に薄いもので、男はレティシアの様子を見てから僅かに笑うと、お茶を口に含んだ。
「? なんだよ。そんなにこの茶が口に合わなかったか?」
不審そうに見てくる男からとっさに視線を外す。不躾に見つめてしまった事を公開しながら俯いた。
「そうじゃないわ。ただ、あなた凄く綺麗な所作だと思っただけよ」
男はぎょっとしてカップを落としそうになり、口を袖で拭った。
「変な事言うなよ! 男に向かって所作がどうこうなんてくだらない」
「そんな事ないわ。それは男も女も関係ないもの。ただ綺麗にカップを運ぶと感心していたのよ」
「レティシア様、そのくらいにしてそろそろお暇致しましょう。長居すれば途中で馬車の中で真夜中を迎えてしまいます」
ロジェの耳打ちに区切りをつけて立ち上がろうとした時だった。外で大きな雷鳴が轟く。その瞬間、信じられない程の豪雨が降り始めた。声も聞こえない程の雨の音に、思わず扉を開けたロジェは盛大な舌打ちをした。
「これじゃあ道がぬかるんでしまい馬が危ないな」
ぬかるんだ道に馬が足を取られれば命に関わってしまう。
「これじゃあ帰る事は不可能ね。町のどこかに宿はないかしら」
しかし男は首を横に振るだけだった。そもそもここに宿泊客が来るわけがない。だから旅人を目的とした商売は成り立たないのがこの町だった。
「雑魚寝になるが一晩くらいなら泊めてやる。朝一番で出ていったらいいさ」
ぶっきらぼうにそういいながら奥の部屋へと消えていく背中に思わず礼を言った。
町の夜は本当に静かなものだった。雑魚寝といっても主人と使用人、ましてや男女が同じ部屋で眠る事は不謹慎だと、結局ロジェとロイ、そして護衛の兵士の三名は馬車まで戻って交代で家の前の警備と仮眠を取る事になった。
「フラン? 寝てしまった?」
「まだですよ。眠れませんよね。……エミリー様がご心配ですよね」
「私を待ってまたソファで眠ってしまったりしていないかしら。あんなに小さな身体で我慢ばかりさせているわ。私、本当に駄目な母親よね」
すぐ横で衣擦れの音がする。目を開けると、フランが起き上がっていた所だった。
「どうかした? フラ……」
ひんやりとした手が口に当てがわれる。フランの視線が扉の方に向いて初めてその音がレティシアの耳にも入った。砂利を静かに踏む音、そして誰かが倒れた音。とっさに起きてその前にフランが立つ。部屋の中にはロジェが念の為にと置いていった短剣があった。フランがそれを握り構える。扉がガタガタと揺れた瞬間、後ろから起きた衝撃にレティシアはそのまま前に倒れた。後ろから伸し掛かられたフランも体制を崩す。そこで意識は途絶えた。
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