6ー2 動き出す陰謀②

1/1
123人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

6ー2 動き出す陰謀②

 ひんやりとした外気にぶるりと身体を震わせる。ふと半身を起こすと、すぐ隣りに倒れていたフランを見て、飛び起きた。薄暗い場所で恐る恐るフランの肩を揺すると、眉が顰められる。 ーー生きている!  そう思った瞬間、フランを抱きしめていた。 「レティシア様?」  ぼんやりと起きたフランは目を覚ますと、すぐに辺りを見渡した。抱き合うように今いる場所を確認する。そこは部屋になっているが、剥き出しの岩壁に鉄格子があり、自分達の下には毛布が敷き詰められていた。 「町の家ではない事は確かのようね」 「誘拐されたのでしょうね。あの男ッ」  フランは拳を握り締めた。 「家に泊めてくれたあの男が犯人でしょう。もしかしたら町全てが敵だったのかもしれません」 「どうしてそんな事を……」 「そんなの、伯爵家に慰謝料でも要求する気なのではないでしょうか。あの町の現状を知ればそれも納得ですから」 「それならすぐにお父様達に捕らえられてしまうわ」 「だから、この場所なのでしょうね」  フランの言葉につい辺りを見渡す。ひんやりとした石をくり抜いたような部屋。部屋というよりは牢屋である事に変わりない。あくまで町の人々とは関係ない場所に幽閉するのは当たり前の事だ。そうすると、ここからいつ出られるのかは全く分からなかった。 「ロジェ達が心配ね。ここにいるかしら」 「分かりません。もしかしたらもう死んでいるかも」 「そんな事ないわ! ロジェ達が簡単に死ぬ訳ないわよ。今は一刻も早くここを出る方法を考えましょう」  遠くから足音が近づいてくる。レティシア達はまだ気がついていない振りをする為に横になった。 「まだ気がついていないようだな。誰だよ、あの御方に怒られるぞ」  声の主は聞いた事のない声だった。レティシアは薄目を開けると、暗くて立っている者達の顔までは見えない。 「どうする? 起こすか?」 「しょうがねえな。すぐに連れてこいって言われているし、多少乱暴にでも……」 「起きているわよ。私達をこんな目に遭わせた者達に今すぐ会わせなさい!」  突然起き上がったレティシアにぎょっとした男達は、あの日峠で襲ってきた盗賊達と同じ格好をしていた。 「ここはまさかあの峠のどこかなの?」  レティシアの言葉に男達がニヤニヤと笑い始める。そして鉄格子が開けられた。 「この御方に何かあればフランドル侯爵家とサンチェス伯爵家が黙っていないわよ!」  しかし男達の表情は得に変わらなかった。 「そんな嘘が通じると思っているのか? 俺達もナメられたもんだな。ちゃんと王都の情報も仕入れているっての。そのフランドル侯爵家の息子はルナールの王女様と婚約したって、もう子供でも知ってたぞ」  レティシアは頭が真っ白になったまま、立ち尽くしていた。 「もしかして知らなかったのはあんた達の方か? そりゃ不憫だな。俺達が慰めてやろうか?」  中に入ってくる男達の前にフランが立つ。腕を掴まれたのを見た瞬間、レティシアは男の腕を握りしめた。 「早くこの誘拐の首謀者の所に連れて行きなさい。それとも、あなた達の“頭”は女を犯すのがお好きなのかしら」  すると男達は気まずそうに出口を開けた。  中は洞窟になっていた。天井は高く、とても人の手で掘ったとは思えない程綺麗に整備されている。灯りは外から射し込んでいる場所もあるが、基本的には壁に掘られた場所に燭台が置かれ、そこに蝋燭が灯されていた。正直、あの山の中にこれほど巨大な空間があるとは到底思えなかった。道は幾つか枝分かれしており、時折人の気配も感じたが、レティシア達の姿を見るなり奥へと引っ込んでしまう。そうして幾つかの通路を曲がった時、突然広間のような場所に出た。  薄暗い中に二つの影がある。ゆっくり近付いてその姿が見えた時、走って来たのは向こうの方だった。 「レティ! 会いたかったわ!」  身体をがっちりと抱きしめてくるその姿に驚きながら立ち尽くしていると、身体は一瞬離され顔を見ると、再び強く抱き締められた。 「……ミランダ? 生きていたの?」 「やだ、当たり前じゃない!」  その瞬間、レティシアはミランダを強く抱き締め返していた。 「当たり前じゃないわよ! 今までどこで何をしていたの!」 「ごめんね心配かけて。本当に会いたかったわ」 「ずっとずっと心配していたのよ。そうだ、エミリーは二歳になったのよ!」  その時ミランダは抱きしめていた力を緩めた。つられてレティシアも腕の力を弱める。するとミランダは力なく後ろを振り返った。  ミランダの視線の先には、見覚えのある男がどかりと椅子に座っていた。足を組み、久しぶりの姉妹の再会に水を差さず黙っていた男は、終わったか?とばかりに目を見開いてミランダを見た。 「そちらの用事が終わったのなら、今度は俺達の番だな。いいかミランダ」 「はい、ありがとうございました。さあレティ」  ミランダの態度に違和感を感じながら、手を引かれるままその男に近付いていく。その男は馬車を襲った盗賊達が頭と呼んでいた男だった。レティシアの荷物に子供の物があったのを見て手を止めた男。レティシアはぐっと見つめながら進んでいくと、男は少し困ったように頭を下げた。 「あの時は悪かったな。仕方がない事とはいえ、お前達には酷い事をしてしまった」 「仕方がないですって? 馬車を襲うのが仕方がないと言うの? ロイは大怪我をしたのよ!」 「ごめなさい、レティ。私からも謝るわ」  レティシアはミランダの手を引き、足を止めた。 「あなたまさか盗賊に身を落としていたというの? お父様が知ったらどれだけ悲しまれるか考えた事はある? もちろん私もよ!」 「盗賊になった覚えはないわよ。でも盗賊まがいだった事は事実ね。それについては仕方がないとしか言えないわ。でも誓って人の命は奪っていない。本当よ」 「ミランダ、ちゃんと話してやりなさい。そうでないと、そのお姉様はずっと君を許しはしないだろうよ」  これだけ怒っているというのに男の態度は冷静そのものだった。ミランダは椅子を進めてくる。そこに座ると、フランがぴたりと横についた。 「フランにも話を聞かせるわ。別にいいわよね?」  ミランダはお伺いを立てるように男を見てから頷いた。 「構わないわ。まずは二年前に私が家から姿を消した事について話すわね。私が産んだ子供を、お父様は当初すぐに王家に引き渡すおつもりだったの。でも私が消えた事で秘密の漏洩を恐れたお父様は出産自体をなかった事にしてしまおうと思ったのよ」 「なぜ王家に? エミリーの父親は一体誰なの?」 「子供の父親は、王弟殿下なのよ」 「王弟!? 初めて聞いたわ。陛下に弟君がいらしたなんて」 「お母様はルナール王国の王女だったらしいのだけど、子を産んだ記録は抹消されているみたいなの。だから私達のようないち貴族が知る由もないわ」 「他国の王女が子を産んだのに?」 「あの時期ルナール王国は災害が続いていて国内が荒れていたんだ。この国に王女を嫁がせて援助をして貰ったはいいが、思いのほかすぐに復興が出来た途端、その王女は引き上げていったよ。子供だけを残してな」 「そんな……」  レティシアは男を見て、息を飲んだ。よく見れば国王陛下によく似ている。見目を綺麗にしたら瓜二つと言っても過言ではないように思えた。 「この御方は王弟殿下のアンリ・ヴンサン様よ。お名前はお母様の方から取られたらしいわ。そして子供の父親なの」  しばらく言葉を繋げないまま盗賊の頭だったと思っていた男を見つめる。ミランダはその横に立つと、肩に手を回した。 「驚くのも無理はないけれど、あの子は二つの王族の血を継ぐ王女なの」 「……エミリーよ」 「え?」 「あの子でも、子供でもなく、名前はエミリーよ! あなたの捨てた子の名はエミリー! 私が二年間育てたのよ!」  ぐっと唇を噛むミランダは俯いたまま顔を上げる事はなかった。 「そのくらいにしてほしい。ミランダも好きでエミリーを置いてきた訳ではないんだ。サンチェス伯爵はすぐにエミリーの父親が俺だという事には気がついていたようでね。最初はこの国に内乱が起こらないように子供を国王に引き渡す算段を付けていたらしい。でもミランダが家を出た事により、俺の謀反を恐れたんだろう。子供を切り札として手元に置くにしたんだ」 「謀反をお考えなのですか?」  するとアンリは小さくため息をついて薄暗い洞窟の中を見渡した。 「話を本題に戻そうか。この山は遥か昔、虐げられてきた難民達が隠れ家として切り開いた場所なんだ。あの町も、やがて陽の光を求めてここから出て行った者達の子孫が代々暮らしている場所なんだよ。私は十五になるまで軟禁されて生きてきた。だから戦争で孤児になった者や身寄りをなくした者達を集め、この場所を住処とする事に決めたんだ。それでもここには多くの物が足りないんだよ。言い訳になるかもしれないが、馬車を襲うのは本当に稀で、もちろん命も奪ってはいない。今回君達をここに連れてきたのは、国王陛下と取引をするつもりだ」 「何をするかは分かりませんが、陛下が応じるでしょうか。私の命など陛下には取るに足りないと思います」   するとアンリは小さく被りを振った。 「自分の価値を過小評価しているようだね。もし本当に君に価値がないのなら、この場所はやがて王城の兵士達に包囲され、人知れず俺達は消させて終わりだろう」 「そうなる未来しか見えませんが」 「そうならない未来が見えたから、俺は君をここに連れて来たんだ」  そう言うアンリが座っているのは簡素な木の椅子だったのに、一瞬玉座であるかのように輝いて見えた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!