猫ときどき浮気調査

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人間なんて勝手なもんだ。 職業に対してイメージを勝手に持って、押し付けてくる。 俺の職業は、探偵。探偵ってどんなイメージありますか?はいはい。うんうん。ま、そうですね。ちゃんとした事務所があって、受付に綺麗な女子がいて、んで、極秘に色々調べてもらえて…。ネット受付できて…。ま、はい。でも、それは大手の話です。 うちは…個人事務所で小さくて。なんつーか。フリーランスみたいな感じだから…。俺、結構きったねー格好でフラフラ外歩いてたりして。 「お兄さん、ちょっと良いですか?」 頻繁に 「は?」 「こんな時間に…何されてるんです?」 職質される。 「身分証とかあります?」 黙って運転免許証を見せるけど、免許証は清潔そのものの顔立ちだから、警官は俺の顔と免許証の顔を交互に見てなんか変な空気になって。 「澤木善さん…27歳ですか?」 「まあ、はい。」 「職業は…」 俺の持ち物は財布と携帯とカメラ…若い警官がグダグダやってるのが腹立たしいがここでイライラした態度を取ると面倒なことになるのはわかっている。 「なーんだ、澤木か。」 だいたいこういう時は警官は1人で行動しない。2人から3人だ。 「ごめんな今新人研修してたもんでよ。怪しいやつに声かけろってハッパかけたら、新人、お前に声かけちゃったんだなー。」 「…野尻じゃねーか。暇なのか。」 野尻は警察官だった頃の同期で、飲酒運転は俺と上位を争う検挙率だった。 「生活安全課にいてよ。今。」 「へえー。」 「興味ないだろ。その感じ。」 「…ま、どうでもいいっつーか。」 「ストーカーの報告でパトロールしてたんだわ。新人、お前のことストーカーだと思ったみたい。そんなきったねー格好のストーカーはいないよな。」 「…いるだろ。わかんねーけど。」 「ふ。…探偵、捗ってる?」 俺を上から下まで見て首を傾げる。警官の頃は、制服をちゃんと着ていた。そんな俺から今の紺色の皺加工のシャツに穴の空いたデニム、スリッポンという超絶ラフな格好は想像できなかっただろう。おまけに無精髭。 「まあ。…今、星を追ってるとこ。」 「良いね、業界っぽい。なんの調査?」 「浮気」 「でた。1番人気。」 「と、迷い猫」 「落差」 「な」 「ん」 それより、何より。本当にミカエルがいなくなった。ジジイが血相変えて俺の部屋に飛び込んできたんだ。いつもいる物置にいなくて。なんでもジジイが、気まぐれかなんかで、物置のいつも開けておく入り口の隙間を全部閉めてしまったのが原因らしんだけど。トレードマークの赤い蝶ネクタイの首輪はつけたまま。ま、俺もあの猫には、多少癒されていたから…やっぱ本気出していなくなられると寂しくて。猫探しってのは本気でやったことなくて、…なんか、猫の行動なんてどうやって調べたら良いんだろう。 「それにしても、澤木。」 「あ?」 「お前、探偵らしからぬ感じだな。」 「ニートって感じ?」 「…んー?」 「は?」 「不審者…」 「生活安全課に言われたら…確定じゃねーか。」 「はは。もっと身綺麗にしたら?」 「…めんどくせ。」 「交通課の時からそんな感じ、お前。きちんとするの苦手だよな。」 確かに、きちんとするのが苦手で年間表彰とかそういう行事が苦手だった。 「野尻、猫の探し方知ってる?」 「…知らねーよ。」 「だよな。」 野尻が後輩の新人に何やら指導し始めて。俺は解放された。野尻に後輩ができるなんて。きちんと先輩やってるのが嘘みたいだった。交通課の頃は、チームとかどうでも良かったやつだ。だから、白バイでスピード違反ばんばん捕まえる方に力入れてて。 …ま、野尻の話はどうでもいい。 斎藤萌奈美の依頼の浮気調査と、ジジイの依頼のミカエル探し。…並行するのはキツいな。せめてミカエルだけでも今日中に探せれば。 牧子さんによれば、ミカエルがいなくなったのは明け方。鍵を閉め忘れた窓を開けて出て行ったらしい。ミカエルはもともと拾い猫で、近所の公園でカラスに襲われていたところを牧子さんが助けたのが飼い始めるきっかけ…。それがこの公園らしいんだけど。半日、町内を歩いて見て回って…最初に来りゃ良かったみたいなことになるんじゃねーかって淡い期待をしながら公園内を見て回る。 「いねーよ、ミカエル…。暑いよ。アイス食いてーな。ああ、もう。めんどくせ。休憩。」 だいたいなんだよ。猫探しって。俺の仕事じゃねー…いや、俺の仕事か。事務所の看板に書いたわ。なんでもご相談くださいって。つーか。写真ねーのかな。Twitterに載せたらなんか反応あんじゃねーかな。 「…俺、今、めちゃくちゃ無駄足ふんでねえ?」 1回物置に行ってみる?灯台下暗しの可能性。ありだろ。 猫は死ぬ時、行方をくらますって聞いたことあるけど…まだ、そんな年齢でもなかったよな。行きそうなところって他に…。…やっぱウチしか思い浮かばないし。 「善!ミカエルは!」 家に戻るとジジイに開口一番言われた。 「探してるけど…いねーわ」 「牧子さんが、泣いてるんだ。なんとかしろ」 ジジイに肩を揺さぶられてイライラが募ってくる。暑いし、ちょっと怒鳴りたいな。床に視線を落として気分が落ち着くのを待つ。視覚の情報に希望を見出した。砂が落ちている。猫の歩幅だ。納戸に続いてる。 「なあ。納戸、開けた?」 「納戸?」 「開けた後きちんと閉めないとさ。確か器用なんだよな。あいつ。開けて入っちゃうらしい。でも、ちょっとバカだよな。誰かが閉めちゃって出られないんじゃないの?」 「お前、探偵なのか?」 「…ジジイ、知らなかったか?」 「いなかったらどうする?」 「いるだろ?足跡見ろよ」 「…孫よ。」 「いいから開けろ」 ジジイは震える手で納戸の扉を開けた。そこには 「ミカエル!」 一瞬、ミカエルが神々しく見えた。そしてミカエルの周りには3匹の仔猫。なるほど、生む場所を探していたわけね。産んだばかりの小さな命に囲まれて、そりゃ神々しいわけだわ。 「牧子さん、呼んでくる。」 この仔猫、どうすんのかな。…ま、俺には関係ないけど。 「それにしても、お前どうやってうちはいったんだよ。」 ミカエルに話しかけても、何も教えてくれない。 「ま、いいけど。ここ、暑くない?」 俺の雑巾みたいな服を下敷きにして子供を産んだミカエル。一丁前に親の顔をしている。 「捨てようと思ってる服、よくわかったな。やっぱ、頭いいのよね、お前。水持ってくるわ。動くなよ。」 ミカエルが俺の言葉を理解できるなんて思ってないけど、なんとなく話しかけずにはいられなくて、声をかけてからそばを離れた。 俺がやってることなんか、直接誰かの幸せに繋がることなんかじゃない。結末は本人が決めることで、俺が暴き出した証拠で依頼人が傷ついて泣いてるところをたくさん見てきた。 「ミカエルっ!ミカエルっ!」 牧子さんの嬉しそうな声が聞こえる。 「赤堀さん、ありがとうございます!」 そう、牧子さんがミカエル探しを頼んだのはジジイだ。だから、ジジイにお礼を言うのは当たり前。牧子さんは、猫用のミルクと皿を持ってきていてミカエルに飲ませていて、ジジイも良かった良かったなんて言いながら、ミカエルを囲んでいる。ただのミステリー好きのジジイも、牧子さんの前では名探偵だ。 俺もどうせなら人を喜ばせる仕事がしたい。 用意しかけた水は流しに捨てて、部屋に戻ろうとする。2人の楽しそうな空気は壊さないように。 でも、俺の半日はなんだったんだよ。笑っちゃうよな。 「善!」 「あ?」 「報酬だ。」 ジジイが差し出したのはアイスまんじゅう。一瞬だけ、ふざけんなって思ったけど。 「ん」 受け取って首筋に当てると、どうでも良くなった。 「物置、閉めんなよ。二度と。」 「ありがとな。」 「お」 交通課の頃、ありがとうなんて一度も言われなかったし、浮気調査も晴れやかなエンディングを迎えたことなんかない。抑えた証拠がリアルなほど依頼者が吐くほど泣いたりして、最後いつもなんかもやもやするんだよな。 斎藤萌奈美の夫、斎藤忠45歳は、真っ黒で浮気は間違いなくしている。調べていると、萌奈美に言うべきか隠しておくいてもいいような事が浮かび上がってきて。抑えた証拠写真を萌奈美に送るべきか。メール画面を開きながら、添付写真を選ぶ手を止めた。 「…はあ…エグ。」 忠の浮気相手は榎本由香里52歳。弁護士。事務所の代表。であり… 萌奈美の母親。 コーヒーをいれた。ドリップして滴る液体を見つめる。良いな。この時間。ゆっくりしてる。……たまには、喫茶店に行きたい。
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