追憶の君

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 二十二時四十五分頃に僕はあの場所に着いた。夏希に会いたい気持ちと絵の完成が待ちきれない気持ちが 抑えきれず、いつもより随分と早く来てしまった。夏希はいつも二十二時五十分頃に来ているとの事だった ので、少し早すぎたと思った。  でも、たまには夏希が来るのを待つのも悪くないと思っていた。久しぶりにまともに月を見上げた気がする。自分一人だと月の輝きは変わっていない様に見えるから不思議だ。月以上に美しいものを見つけてしまって、常にすぐそばにそれが在ったものだから月の存在感が薄くなってしまっていた。今この瞬間、少しだけ月に申し訳ない気持ちになっていた。  しばらく待ってみても夏希が姿を現さない。時計を見ると二十二時五十五分を指している。勿論、遅刻ではないのだが夏希にしては珍しい。たまにはこんな事もあるか、と思い再び月を見上げていた。  その日、僕は夏希と初めて出逢った日の事を思い出していた。たった一ヵ月足らず前の事なのに何年も前の様に感じる。それだけ、この一ヵ月は濃密で新鮮な日々だった。
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