番外編⑥ 二藍ランの第百回ファイト日報Ⅱ

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 ガリーは急に悪寒がした。今までの人生の中で自身を貴様などと呼ぶのは一人しかいない。また、今までの会話をその人物に聞かれたと思うと、恐怖で後ろを振り返ることができない。  この人物はいつ、禁断の書庫内に入ってきたのか全くわからない。しばらくの間、沈黙の時間が流れる。ランとハヲは下を見ている。もう誰も話すことはできなくなっていた。 「時刻はとっくに日付を超えた。ここで何をしている。さっさと本部へ行け」  冷たく、ドスの利いた低い声がガリーの背後から聞こえてきた。カツカツと騎士団の正装であるブーツの踵が響く音が静かに書庫内にこだまする。足音は段々と確実にこちらに近づいてきている。 「貴様に言っているんだ。ズイ・ハヲ。お前の顔の側面についているのは耳ではないのか?」  その者はガリーの隣に並んだ。ガリーはそっと自身の左側を見上げる。深紫(こきむらさき)の耳まである長さの頭髪から覗く、黄色の瞳は冷たく冷酷な雰囲気を漂わせている。  またその鋭い目つきは蛇のように粘着質で、一度出会った獲物を離さないという畏怖の念を抱かせる。彼は、ランの隣にいるハヲを睨みつけたまま動かない。 ハヲ「お……お疲れ様です! 至極(しごく)主任!」  ハヲはいつもの砕けた敬語ではなく正しい敬語で挨拶をする。姿勢を正し背筋はどこまでも伸びている。至極と呼ばれたその男は騎士団記録係の勲章を左胸につけている。彼もまた三人の同僚なのだ。鋭い眼光でハヲを睨みつけたままだ。 至極「それだけか?」 ハヲ「そ、それだけと言いますと……?」  ハヲは睨まれ続け、怯えて上手く話すことができない。見かねたランが助け舟を出す。 ラン「ちょっと、深紫(とおじ)! そんなに後輩を睨んでばかりいたら余計に怖がられるわよ。ただでさえ、アンタは恐怖政治すぎる後輩指導のせいで人望無いんだから」 至極「ふん。指導に優しさなど不要だ。人望など仕事上いらない。仕事ができればそれでいい。そうやって後輩を甘やかすからラン。貴様は舐められるのだ。そして俺と違って昇進できぬままだ。異論があるならば聞いてやろう」  至極深紫(とおじ)は一言うと百返してくる面倒くさい男だった。二藍ランとは同期で彼は常にランと張り合い、ネチネチくどくどと説教じみた言い方をしてくる。  それでいて、聡明であり仕事の鬼でもある。彼は業務を正確に規則正しく遂行することに徹底しており、昇格も早かった。記録係の中では記録係長、記録係長補佐に次ぐ主任というポストについている。  また、厄介なことに至極家は雲の国では名門の政治系一族の出身であり、政府との太いパイプがある。そんな彼に、先ほどまで話していた「殺されるためにファイトに選出された推薦候補生」「ファイトに出没する不審者は二代目女王説」を聞かれるのは非常にまずい。
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