My name is Boss!!

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ボスの計画はこうだ。 質屋の様子を電信柱の影から俺が見張る。質屋に客が入ったら、俺も何食わぬ顔をしてその客と一緒に店内に侵入する。客と店主がやり取りをしている間に俺は外から見える様に店のショーウィンドウに展示されている、このショボい質屋には似つかわしくない高級腕時計をこっそりと盗み取る。店に入った客が帰る時か、新しい客が入って来たら俺はまた何食わぬ顔をしてその客と一緒に店から出て、質屋の向かいの道路で待機しているボスの車に俺が乗り込み、ボスが車を発進させてめでたく高級腕時計が俺達の手に入る。ボスが言うには30万円はするらしいので、他の質屋に持って行って売ればしばらくの生活には困らないはず… 「上手く行ったら南の島の海にでも行ってのんびりするか」 俺はこの計画が上手く行くとは到底思えないでいた。けれど行き倒れ同然の俺を助けて面倒を見てくれているボスには逆らえない。ボスは大学卒業後すぐに実家を出て気ままなフリーター生活を送っていたが不真面目な態度でアルバイト先はことごとく首になり住んでいたアパートも追い出され、ボスに残っているのは俺とボロ車だけになった。 「店の下見もしたし、あの店主はジジイだから大丈夫。高級腕時計が盗まれた事にも気が付かないんじゃないか」 二日前に俺と一緒にボスは質屋の下見がてらにボスが持っていた古い腕時計をその質屋に売りに行っていた。俺を怪訝そうに見つめる店主のジジイにボスは、こいつは俺の子分みたなもんなんだと説明した。 ボスが持って行った古い腕時計は五千円で買い取って貰えた。ボスは五千円は安過ぎるだろうと少々御冠だったが、何十年も前の腕時計だからと店主のジジイは素っ気なかった。 質屋の前に自転車が止まった。デブで派手な水商売風の中年の女が乗っている。俺は行動を開始した。そっとデブで派手な水商売風の中年の女に近付き、女が質屋の入り口のドアを開けると同時に質屋の店内に侵入する事に成功した。 「社長〜この間預けたネックレスだけど、今夜お店に着けて行きたいから一日だけ貸してくれない?」 「ダメダメ、あんたそう言ってあのネックレス持って行っちゃうつもりでしょ」 「そんな訳ないじゃないちゃんと明日返すから、ね、お願い」 二人のやり取りを耳にしながら俺は何食わぬ顔で、ショーウィンドウに飾られている高級腕時計に接近した。隣にはボスが売り払った古い腕時計が飾られている。 「持って行くんならちゃんとお金払って貰わなきゃ」 「お店に来てくれたらサービスするからさ、ね、お願い社長〜」 更に二人の気持ち悪い会話を耳にしながら俺はあっさりと腕時計を盗み取る事に成功した。後はこの女が店を出るか、別の客が店に入ってくるのを待つだけだ。女の誘いに満更でも無さそうだった店主のジジイだったが、夜の店なんかに行ったらお母ちゃんに怒られるからと言って帰った帰った、と女を追っ払おうと店の入り口のドアに近付いて来て、入り口で身を潜めていた俺とバッチリ目が合ってしまった。 「お前この間の…」 そう言って店主のジジイは目を丸くした。マズイ、と俺は思ったが、早く親分の所へ帰りなと言って店主のジジイは店の入り口のドアを開けてくれた。 「はいはい、あんたもとっとと帰りな」 「何よ、貸してくれても良いじゃないケチ〜」 俺は一目散でボスの待つ車に向かって走り出した。俺が車に到着すると、ボスは急いで車のドアを開けてくれた。 「良くやった!」 ボスは俺から腕時計を受け取り上機嫌だったが、その腕時計が自分が売り払った古い腕時計だとすぐに気が付き激怒した。 「これは俺が売っ払った安物の腕時計だろうが!あれだけあの高級腕時計だと教えただろ!お前何やってるんだよ!」 安物だけどボスにとっては大切な腕時計だろ?死んだ親父さんの形見だって前に教えてくれただろ? 「は〜お前に任せたのが間違いだった…今度は俺が行って…」 絶対にダメだ!ボスを犯罪者にするなんて絶対に出来ない。俺は全力でボスに飛びかかった。 「やめろ、やめろ、分かったから。分かったから…」 ボスは俺の本気を感じ取り、諦めたのか安物の腕時計をじっと見つめた。 「…返しに行くか」 ボスが車の中から質屋を見ると、五千円は貸しにしといてやるから、と叫びながら店先で店主のジジイが手を振っていて、ボスは苦笑いして頭を下げた。 「久しぶりに実家に帰るか。それくらいのガソリンはまだ残ってるからな。お袋びっくりするだろうな…お前を見たらきっと喜ぶぞ。実家の側にも海があるんだ。南の島の海には負けるけど、すごく綺麗だぞ。ボス、お前にも見せてやるからな」 そう言ってボスが俺の頭を撫でてくれたので、俺はニャアと返事をした。俺の名前はボス。ボスにとって猫の俺はボスで、俺にとってのボスは勿論目の前のボスだ。これからもよろしく、ボス。
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