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浮気相手・伊藤 琉太の一目惚れ
伊藤 琉太、20歳。
こないだナンパした美人(男)から連絡が来て、デートした後に家についてって、リビングのソファで良い雰囲気になったから流れでセックスしてたら、彼の恋人だという男が帰ってきた。
そして俺はその男に、人生初めての一目惚れをしてしまった。
「あ、あん…おっきい…。」
「奥に出して良いだろ?」
「んっ、やだ、中はぁ…、あああっ!」
駄目かー。満更でも無さそうなんだけどな。でもここで怒らせたらこの先の関係が繋がんないかも、と考えながら腰を打ち付ける。
七居 陽呂と名乗ったこの美人は、つい3日くらい前の晩にクラブで出会って、その店のトイレでセックスした。その時に体の相性が良いねってんで、連絡先を交換しといたら、今日の昼休みに連絡が来た。
『仕事休みなんだけど、これから会わない?』
俺はその時、大学の学食に居たんだけど、思わぬ誘いに心の中でガッツポーズ。
何せ七居 陽呂はとびきりの美人だったから、もう1回くらいはお願いしたいと思ってた。男でもあれだけ綺麗なら、恋人…は無理でも、セフレくらいにはなっておきたい。色白の肌に猫みたいな大きな目、睫毛が濃くて長い。光沢のある黒い髪が白いうなじに掛かって、色の対比が最高に綺麗だ。背が高過ぎないのも良いし、細身でスタイリッシュなのも良い。
美容師で、聞いてみたらなかなかの有名店に勤めてるのもポイント高い。
『最初の2年は手が荒れてさ~。』
なんて言うから手を取って見てみたけど、爪先迄綺麗な指をしてた。アシスタント卒業してから結構なケアしてやっと治ってきたらしい。
遊び人っぽい見掛けによらず、仕事には真面目って感じなのも好感を持てた。
こんな人が恋人になってくれたら自慢できるよな~、なんて思ってたら、まさか彼氏持ちだったなんて。
セックスに夢中になってたら、不意に視界の端を何かが横切った気がした。ふと見ると、スーツ姿の男がリモコン持ってテレビに向かっててギョッとした。
それで動きを止めて固まってその男を凝視してたら、視線に気づいたのかそいつが俺を見た。
(……ぅわ…。)
言葉にならないって、こういう事なのか。
綺麗な輪郭の中に怖いくらいに整った彫りの深い目鼻立ち。薄い青とも紫とも灰色ともつかない、憂いを帯びた神秘的な色合いの瞳に吸い込まれそうになる。
スッと高い鼻梁、薄く形良い唇。
柔らかな色合いの茶色の髪が秀でた額にかかって、えも言われぬ色気が放たれて。
そんな顔に、ふわっと微笑まれてみろ。一瞬で背中から脳、全身に電流が走ったみたいな衝撃を受けたぞ。ビリビリ、どころじゃない、雷に撃たれたみたいだった。
真っ白い肌に、すらりと高い身長。肩幅もあって、手足が長い。だからリモコンを操る指もしなやかで長い。美術品みたいに綺麗、って形容が頭を掠めた。
俺も身長はあるしガタイは良い方だけど、この男にはかなわない。それくらい体格は良いのに、妙に放っとけないような儚い雰囲気も感じるのは何でだろう。
(誰だ…?)
と思ったまま見蕩れてたら、俺の下に居た七居さんがその男に言ったんだ。
『あ、祥(さち。)もう帰って来たんだ?残業かと思ってたのに。おかえり~。』
『うん、ただいま。そりゃ帰ってくるが。』
さち、サチさん。俺はその名前を胸に刻んだ。
そして、自分の現状を忘れて聞いてしまった。
『…あの…アン…アナタ、は?』
『え、僕?僕はここの家主で…。』
そして、サチさんの答えに被せるように俺の下から七居さんが放った言葉に、俺は更に衝撃を受けた。
『祥は俺の恋人だよ。』
恋人……?
つまり俺は。
知らなかったとはいえ、彼氏持ちの男と、その彼氏の家に上がり込んでセックスしてたって事だ。俺はサチさんにとっては憎い浮気相手…。なのにあろう事か、俺はそのサチさんに一目惚れしてしまって、自覚した途端に失恋したって訳か。
まさか、男のケツに突っ込んでる間に、突っ込んでる相手以外の人間に一目惚れして失恋するって経験をするとは。
ショックと共に、自分の立ち位置を察した俺は七居さんの中から自分のムスコを引き抜いて、バツ悪く下着を探して目を泳がせた。
ああ、こんな間抜けな姿を、まさか一目惚れした相手に見られてるなんて。
ラッキーだと思っていた今日は、俺の人生のワースト3に入るくらい最悪な日になった。しかも落ち込んでいるそばから、隣に全裸で座り直してた七居さんに言われてしまった。
『て事で俺、この人と付き合うから暫く出てくね。』
げ…。
さっき迄は確かに七居さんが恋人かセフレになってくれたらラッキー、とか思ってたのに、今はもう、何つー余計な事を…という気持ちにしかなれない。
それって、サチさんみたいな超絶美形と別れて俺と付き合うって事?七居さん、正気?
それじゃ俺、サチさんから七居さんを略奪しちゃった悪者になってしまうじゃないか。
そう考えて焦っていた俺だったけど、その後の2人の様子には物凄い違和感を感じた。
あっさりし過ぎてる。
出ていくと言った七居さんに対しての、サチさんの返し。
普通さ、浮気現場見て…しかも自分ちに相手連れ込まれてだよ?行為の現場に遭遇して、怒りもしないとかある?
でも実際、サチさんの表情には苛立ちも裏切られた悲しみなんてものも見受けられなくて、俺に対しても何の怒りも無いみたいだった。だって、目が合って笑ってくれたくらいだし。
七居さんにしても、罪悪感みたいなものひとつ感じられない。
あまりに慣れた調子の遣り取りに、もしかして今迄同じような事が何度もあったのかもしれないなと思った。
翌日から七居さんは、本当にサチさんちを出たらしくて、毎日俺に連絡してくるようになった。で、毎晩会った。
「今どこで暮らしてんです?」
って聞いたら、
「え?普通に自分の部屋だけど。」
と返答された。
どうやら七居さんには、ちゃんと自分で借りたマンションがあるらしい。だけど殆どはサチさんの家に居て、所謂半同棲的な状況なんだと。でも、サチさんは七居さんが別に部屋を持ってるって事は知らないらしい。で、毎回浮気相手のとこに転がり込んでると思ってるんだって。
どうやら俺が感じた違和感は当たっていて、七居さんは浮気の常習犯らしかった。
サチさんみたいな恋人がいるのに、何で浮気なんかするんだろう。
俺なら…俺なら、あんな人と恋人になれたら、ずっと大事にする。絶対に浮気なんかしないし、逆に浮気を心配すると思う。
だってあんなに綺麗な人、見た事無い。人間離れしてる。神がかってる。
「ずっと浮気ばっかしてたって、サチさんに悪いとか無かったん?」
サチさんに悪いと思いつつも七居さんに誘われたら断れなくて、ちゃっかりセックスした事後。ピロートークの流れでそんな事を聞いてみたら、七居さんは少し黙った後で答えた。
「あんま考えた事ないかな。」
ナチュラルに浮気性なのかなあ。
「よく続いてますね、サチさんと。」
「まあ、アイツは細かい事は気にしないタイプだから。」
細かい事。浮気って細かい事なのか。すげーな。浮気してもされてももれなく破局してきた俺にはよくわからない感覚だ。
「祥とは高校からの付き合いなんだけど、いっぺんも怒られた事無いよ。」
「高校から。長いっすね。つか、いっぺんもって、サチさんすげぇっすね。よく捨てられなかったですね、あんな競争率高そうな人に。」
純粋に不思議で、首を傾げながらそう言った俺に、七居さんは笑いながら答えた。
「祥はさ、今でこそコンタクトに切り替えて社会人として最低限の身だしなみは整えてるけど、学生の間はめっちゃ分厚い眼鏡掛けてて、髪も何時も半端に伸ばしててさ。背が高いだけで悪目立ちしてただけの陰キャだったんだよ。」
「えっ、そうだったんだ…?」
「俺はたまたま…そう、本当にたまたまサチの顔を見る機会があって、だからアイツを独り占めできてたんだよね。」
なのに、俺に黙って何時の間にかコンタクトなんかにして…と、七居さんは不機嫌そうにブツブツ言ってる。
俺は脳内で、分厚い眼鏡姿のサチさんを想像してみたけど、上手くいかなかった。あんな美形の陰キャ姿なんて全然イメージわかない。
「でも、じゃあそれこそ今って、サチさんモテモテなんじゃ?」
と聞くと、七居さんは何故かフッと微妙な笑い方をした。
「祥は、他人には興味が無いから。俺が恋人である以上は、他の人間の好意にも答えたりしないよ。」
「……へえ。」
いまいち、七居さんとサチさんの関係性がわからない。
サチさんは他人に興味が無くて、七居さんは貞操観念が欠如してるなんて、2人の間での恋愛感情とかはどうなってんだろう。一応は恋人なんだよな?
というか、興味が無いって、本当にサチさんはそうなのか?浮気され過ぎて傷ついて諦めてそんな風になったって事は無いのか?
遭遇した時のサチさんの飄々とした様子が脳裏に蘇ってきた。
(サチさんに会いたい…。)
サチさんの恋人である七居さんと同じベッドの中に居ながら、俺はそんな事を考えていた。最低だ。
でも、七居さんよりは俺の方があの人を幸せにできる…。
そんな事を、思ってしまった。
我ながらとち狂ってる。
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