恋人・七居 陽呂の回想

1/1
前へ
/11ページ
次へ

恋人・七居 陽呂の回想

一目見た瞬間に魂奪われる、って…。 多分、その表現が一番近いかな。 虜になるって言葉があるじゃん?まさにそれ。 まさにそういう男なんだよ、俺の最愛の恋人って。 初めて見た時は、只の地味な陰キャだと思った。ひょろっとデカいだけで、他には目立つとこもない。顔にはやたら大きめで分厚いレンズの眼鏡が掛かってて、更に長めの前髪が上半分を覆ってたし。髪の色は茶色くて綺麗だなと思ったのは覚えてる。でも意外だった。だって、美容室に髪を染めにいくようなタイプには見えなかったからさ。 カラー入れるならカットもするだろ?普通。でもどう見ても無造作に伸ばしたようなボサッとした、スタイリングとは程遠い髪でさ。 根元も黒くなかったし、色は天然なんだろうなと思ったんだ。ほら、日本人でも色素薄い人間ってたまにいるし、それだなって。 まさかクォーターだなんて思わなかったよ。 見た目はモサッとしてても声は好みだったから、何とかイけるかなと思った。肌も綺麗だし、思ってた程の嫌悪感は湧かなかった。何時も微かに柔軟剤だか洗剤だかよくわからない良い匂いがして、ヲタクのイメージより清潔感があった。 2週間。偽物の恋の期間。 それが最終日の、最後の最後で本物の恋に落とされるなんて。 見てわかるだろうけど、俺ってモテるんだよ。うん、物心ついた頃には既にチヤホヤされてた記憶しかない。単純に顔の造作が良過ぎるからだろうね。 それに関しては、会う人会う人、口を揃えて美人の母さん似だって言われたから、早くから自覚せざるを得なかったというか。 そんな訳で、俺の周りには人が絶えなかった。 取り巻きも、小学校の頃には女の子達ばかりだったのが、中学上がったくらいからは男にもアプローチされる事も多くなって来て。試しに付き合ってみたら悪くなかったから、それ以来男も守備範囲に入った感じ。 そんなこんなで、高校に上がる頃には立派なバイ・セクシャルに仕上がってたよ。俺くらい綺麗なら、男も女も関係無いんだって思ってた。 と言っても、誰でもかれでも付き合う訳じゃないよ? 俺、綺麗なものが好きなんだ。面食いとか差別的とか言われても全然構わないんだけど、何と言われても好みって曲げられないじゃん。 綺麗なのか、可愛いのか、イケメンか、男前か。 どうせ触れ合うのなら、やっぱりそういう方が良いだろ? だからあの日、仲間の誰かの気紛れで始まった罰ゲームも、本当は気が進まなかった。 別に、道徳的観点とか良心の呵責とかそんな理由じゃないよ。単純にさ、翌日の昼休みに旧校舎への渡り廊下を歩いて最初にすれ違った奴がターゲット、なんて…どんな奴になるかわかんないじゃん。そんな奴に告ってOKさせて2週間以内にキスでコンプリート。で、達成時には10万。失敗したら報酬0の上、相手のレベルによっては仕掛けた側にも精神的ダメージだけが残るって事。キツくない? でも、成功時の受け取り金額は高校生にしては結構な額だろ?親が小金持ってる連中ばっかだったから、金賭けた遊びも多かったんだ。 そんな悪友達が、何時ものように盛り上がっちゃってさ。そんな中で盛り下がるような事をいうのも白けるし。それに俺も、その時はまさか自分が負けるなんて思ってなかったから…まあいっか、って。 ま、見事に最下位になったけどね。大富豪で。 俺、ゲームって名のつくものは結構運が良いから、大貧民回避出来なかった事なんて初めてだった。 でもさ、今にして思うとそういうとこにも、運命感じるんだよね。 うん。やっぱ俺とアイツは、出会って結び付くべき運命だったんだよ。 『えーと、何だっけ…?あ、…前から好きだったから、付き合ってくんね?』 昼休み、旧校舎に向かう男子生徒の後を尾行けたら、上がって行ったのは屋上。屋上って施錠されてるとばかり思ってたのに、此処って開くんだぁ、と思いながら弁当食べてるとこに踏み入って、告白。我ながら、やる気の無さが滲み出てしまうようなふざけた告白だったと思う。 されるのは記憶に留めておけないくらいされて来たけど、告白するのなんて初めて。それに、結果のわかってるゲームなんて面白いのかなあ、なんて思ったりもしながらの参加だったし、余裕だったんだよな。 だって、俺に告白されて喜ばない人間なんている?いないよね。 そんな事わかり切ってるから、適当にこなしてさっさと金貰うつもりだった。 なのにその日告白相手になった冴えない男子生徒は、そんな今迄の当たり前をまるっとひっくり返してくれた。 俺の告白の言葉を聞いた男子生徒・出原祥は、狼狽えるでも喜ぶでも赤くなるでもなく、無感動に見えた。でっかい眼鏡で上半分隠れてても、表情が動いたかどうかくらいはわかるだろ? でも、動かないんだよ、表情筋。 一瞬、断る気なのかと思って身構えてたら…。 『あ、そうなんですか。わかりました。』 薄い唇から返ってきたのは取り敢えず了承の返事だったけど、それは何の感情もこもらない平坦な声だった。 OKはもらったのに、何かモヤッとする感じに俺は首を傾げた。 でも、単に驚くか照れるかしてるだけかも、って思い直してさ。じゃ、早速今日から一緒に帰るか、って放課後Aクラス迄迎えに行った。 出原がAだってのも、その日初めて知った。俺にとって出原って男子生徒は、何かデカくて何回か目にした事があるかな、って程度の認識しかなくて、名前すら知らなかったんだ。 それがまさか特進Aクラスだったとはね。単なるヲタクじゃなかったんだ、って感心した。 ウチの高校、1年からAクラスだけは成績優秀者が選抜された特進クラス。後は普通科なんだ。それでも学年が上がるにつれて、専門学校や就職組かなって生徒は大体Dクラスに集められてく。俺は勉強はあんま好きじゃなかったから、仲の良かった従姉妹に勧められるまま美容師になろっかなって思ってて、進路相談でもそう意思表示してた。 そんな俺からすると、1年からAクラスだったって言う出原はすげぇ秀才なんだなって感じ。俺の周りって俺と同じで遊び好きな奴しか居なかったから、出原みたいなタイプって新鮮ではあったんだ。 2週間限定だけど、超頭の良いカレシ出来たじゃんって思ってた。 放課後になってクラスに迎えに行った俺を見ても、出原は普通だった。 『うん、じゃ、帰ろうか。』 って飄々としながら、ゆっくり鞄背負う感じ。 喜ばないんだよね、俺が迎えに来たってのに。落ち着き過ぎ。変な奴。 な~んかリアクション薄過ぎて面白くない。癪に障る。 俺、だんだんイライラしてきてた。 だから決めたんだよ。 この、何考えてるかわかんない変な男を2週間で俺にメロメロにさせてから罰ゲームだってバラして捨ててやるって。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

434人が本棚に入れています
本棚に追加