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恋人・七居 陽呂の回想 2
それから毎日のように放課後連れ回したよ。土日も呼び出したり、なんなら家に押しかけたり。あの頃はお互いにまだ実家住まいだったからか、家に来るのは遠慮して欲しいってハッキリ言われたのにはびっくりした。信じられない。俺が部屋に来るの、コイツ嫌なんだ…?って。一応カレシだよ?俺。
でもまあ、とにかく。
できる限り一緒に過ごして、接触して、距離縮めれば簡単に落とせる筈だったんだ。なのに何時迄経っても手応えが感じられなくて。コイツ不感症かなって疑ってたよ。
そして最終日。
恒例となった、校舎の屋上の片隅で2人で過ごす昼休み。手を重ねても肩を寄せても何の反応も見せず、相変わらずぼんやりマイペースに弁当を食べている出原に、俺は焦った。
いや、こんな奴とどーやってそんな雰囲気になったら良いんだ?
『ごちそうさま。』
そうこう考えてる内に出原が弁当箱を閉めて、手を合わせちゃってた。こっちは色々思い巡らせながら食べてたから、メロンパン、まだ半分しか減ってないのに。
でも出原って何時も食べ終わって一息つくと直ぐに教室に帰ってっちゃうから、そのまま食べてたら話も出来ずにお先にと言われてしまう。俺は半分残ったメロンパンを諦めて、ステンレスボトルの茶を飲む出原に合わせて紙パックのアイスティーをストローで啜った。
それから、次は英語だの眠くなるわ~だの、そんなくだらない事を話してて、ふと会話が途切れた。
天気が良い日で、無言の俺達の間に風が吹き抜けてって、ずっと上空を飛行機が飛んでてさ。出原はそれを見上げて、見えなくなる迄目で追ってる様子だった。
その意外に高い鼻筋の横顔を見てて、俺、今だ!って思ったんだよね。
で、キスした。
眼鏡がデカ過ぎて邪魔だったけど、ちゃんと。
見た目はタイプじゃないけど、一緒に過ごした2週間は思いがけず悪くなかったし、意外に形の綺麗な唇の接触にも嫌悪感は無かった。
それ程興味も無かった筈の出原の素顔を見てみたいと思うくらいにはなってた。
隠れてるけど顔立ちは悪くなさそうな気がするし、もしそれなりだったら罰ゲーム後も付き合ってやっても良いかなって思ってたりもしたんだよ。
取り敢えずキスしたら、淡々とした出原だって嫌でも俺を意識するじゃん?
だけど、不意打ちにキスした後に出原の口から出た言葉は、期待してたのとは違った。
唇を離して数秒見つめあった後、ふっと吐息を吐いて出原は立ち上がった。そして、
『じゃ、もうこれでゲームセットで良いのかな?』
と言ったんだ。
は、と見上げたら、俺を見下ろす出原の分厚いレンズに、ぽかんと口を半開きにした俺の間抜け面が映ってた。
出原は最初から知ってたんだ。全部。知ってて、俺達の幼稚なお遊びに付き合ってくれてたんだ、って思った。でも、何で?
断る選択肢だってあったじゃん。ゲームだって知りながら付き合ってくれたって事は、少なからず俺に気があったからじゃないの?って解釈した俺は、やめとけば良いのに出原に聞いたんだ。
『俺の事、好きになった?』
『俺に惚れてない?』
今度は反対に出原にぽかんとされて、俺は急に恥ずかしくなった。顔も耳も熱くなって、多分俺、真っ赤だった。羞恥に身悶える、ってこういう事かって思った。
コイツ、マジで俺に何の興味も無いのかよ。ずっとこの顔と一緒に居て、何も感じて無かったのかよ。
キス迄しても、その反応かよ、って。
告白から2週間、俺を全然見てない奴を前にして、俺だけがずっと自意識過剰だった訳だよ。
俺は腹立ち紛れに、せめて出原の素顔を拝んでもう一度キスしてやろうってアイツの眼鏡に手を掛けた。
そしたら…
そしたら、出て来たのは、目が眩みそうなくらいキラキラしたイケメン。
何その見た事無い色の瞳。
何、そのナイーブそうに顰められた男らしくて形の良い眉。
何、その、全部のパーツが完璧なバランスなのに未だ幼さが残って、何処か隙のある可愛さ。
射抜かれたよ。マジで胸を何かが貫通した。俺が探してたのはまさにこの人だ、って思った。
結局顔かよ、って?当たり前じゃん。美は正義じゃん。セックスするなら綺麗な人間が良いし、鑑賞用にだって綺麗な方が良いじゃん。
俺は初めて見る出原の顔にすっかりポーッと見蕩れて、眼鏡を取り返されてからやっと正気に返った。
なのに、その後出原から言われたんだ。
『まあ、僕が七居君を好きになってた方が都合が良いならそういう事にしといてくれても良いよ。
だからもう今日迄で勘弁して欲しい。
毎日疲れ過ぎて寝ちゃうからゲームにログインも出来ないんだ。』
ゲームって…オンラインゲームだよな。忘れてたけど、出原ってヲタクなんだった。
それにしたって、リアルに此処に存在して触れ合った俺より、ゲームなのかよ、って少し傷ついたよね。
しかもその後、
『じゃあ、2週間、ありがとうございました。』
って、晴れ晴れした様子でさっさと去られてさ。取り残された俺は、呆然とするばかりだった。
ミッション達成で、俺は約束通り10万をせしめた。
逆張りしていた悪友が1人いたから、俺が失敗した時にはそいつが一人勝ちで20万からの掛け金を持って行く事になっていたらしいが、残念。俺が出原とキスしたのは、隠れて見に来ていた数人の友人が確認している。
勝つには勝った。
でも、賭けには勝ったけど、最後の最後に出原には負けた。負けたというか、惚れてしまった。俺1人が勝手に盛り上がってた惚れさせ勝負だったのが判明してめたくそ恥ずかしかったけど、こんなにも他人を欲しいと思ったのは、生まれて初めてだ。
でも、先手を打たれてしまった。
『だからもう今日で勘弁して欲しい。』
なんて。
どうやら俺と過ごした時間は、出原にとっては面倒な時間だったらしい。確かに振り回してしまった感はあるけど、夜のゲームに差し支えるくらい疲れてたなら言ってくれたら良かったのに、とも思う。
そしたら俺だって、少しくらいは遠慮したのに。
そして出原の別れから1週間、俺は人生初の恋煩いに苦しむ事になった。
毎日、遠くから出原を眺めた。賭けは終わってるし、出原には俺が悪趣味な罰ゲームに加担して近づいた事は知られてる。別れ際のあの調子じゃ、俺に興味が無いのも明らか。
(近づけねえ…。)
何時も出原が昼食を食べてる屋上に行ってみるけど、別れ際の出原の後ろ姿を思い出して、出入り口のドアノブを回せない。
移動教室でウチのクラスの前の廊下を歩いてく出原の姿に目が釘付けになるんだ。何時もなら居眠りしてるつまらない授業が、窓の下のグラウンドにジャージ姿の出原を見つけた途端に胸がドキドキして幸せな時間になる。
その時くらい、窓際の席で良かったって思った事無かった。
俺がその調子でいたら、周りの悪友達には直ぐに気づかれて、ミイラ取りがミイラになったのかよって揶揄われたんだけど、俺にはそんな事どうでも良かった。
その時の俺の関心事は出原と、自分を賭けの対象にした俺を、出原が許してくれるだろうかって、そんな事ばっかりだったんだ。
結局、我慢出来なくて、また出原に告白に行った。
ゲームなら他でやれ、って冷たくあしらわれそうになって、違うって食い下がった。
俺は俺の正直な心と言葉で好きだって言ったんだ。
もう振り回したりしないし、ずっとインドアでも我慢するって。
だって、出原と付き合えるんだよ?あの顔を独り占めできるんなら、そんな事くらい構わない。
それに、インドアって事はずっと2人きりって事じゃん。全然良い。
好き。俺は綺麗なものが好き。だから、これ以上無いくらい綺麗な出原の顔が好き。
だから、だから。
今はまだ俺に振り向いてくれてなくても、出原の恋人の座が欲しいと思ったんだ。
まさかこんなにも長い恋煩いになるなんて、思わなかったんだけどさ。
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