主人公・出原 祥と恋人との腐れ縁の始まり

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主人公・出原 祥と恋人との腐れ縁の始まり

マンションに帰り着きリビングのドアを開けると、恋人の七居 陽呂がソファで男と乳繰りあっていた。 しかも、バツンバツン突かれている真っ最中。 どうやら僕の恋人の七居は今回は受ける側らしい。 男2人のなかなかに激しいくんずほぐれつに、そろそろソファの耐久性が気になるな、と思いながらその横を素通りして、予約録画の確認をしようとガラステーブルの上に置いてあるリモコンを取った。テレビをつけたとこで七居と相手の男が気づいたが、七居より先に七居の上に居る男の方と目が合った。 …びっくりしてら。 そりゃそうですよね。突っ込んでいい感じでヌコヌコしてる時に知らん奴が入って来たらね。 空気読めって感じっすか。でもここ、僕名義で借りて家賃払ってる僕の家なんで、家主の僕が遠慮するのも変だし…。 と思いつつ、ニコッと笑うと、男の目が丸くなる。驚いたらしい男の動きが止まって、やっと七居が僕に目を向け声を掛けてきた。 「祥(さち。)、もう帰って来たんだ?残業かと思ってたのに。おかえり~。」 「うん、ただいま。そりゃ帰ってくるが。」 口では答えながら、目線は画面。よし、大丈夫。流石は僕。予約した記憶は曖昧だったけど抜かり無かった。 「…っし。」 リモコンを置いて部屋に行こうとしたら、後ろから 「…あの、」 と声が。え、僕? 振り返ると、七居を組み敷いてる男が、困惑した顔で僕を見ていた。 それにしても今回もまた、えらい男前を相手にしてるじゃないか。しかも何か若そうだな、と男前君をじっと見返す。マジで七居って面食いだよな。何で僕と付き合ってんの?? ま、良いけど。 で、男前君の次の言葉を待ってたら、至極真っ当な問いかけが来た。 「…あの…アン…アナタ、は?」 「え、僕?僕はここの家主で…。」 「祥は俺の恋人だよ。」 僕の答えに被せてきたのは七居だ。男前君はギョッとしたように七居から離れる。 あー…まあ、そうですよね~。でも未だそんだけギンギンなんですね。メンタル太いな。 僕は男前君を気の毒に思いながら、七居に呆れた。 「…七居、お前また何も言わずに引っ掛けたのか。」 「引っ掛けたんじゃないし。口説かれたからだし。」 ソファに座り直しながら手櫛で髪を梳き、しれっとそう言った七居には、罪悪感の欠片も感じられない。だから、全く悪びれない。 それどころか、こういう時に七居が次に言う言葉は決まっている。 「て事で俺、この人と付き合うから暫く出てくね。」 はいビンゴ。 で、次に僕が返す言葉も毎回決まっている。 「わかった。元気でやれよ。」 目の前で行われた何度目かわからない別れ話に、名も知らぬ男前君の目がまた見開かれた。 七居とは高校からの付き合いだ。一応は恋人同士って事にはなるが、殆ど腐れ縁。 高校の頃から目立つ容姿で奔放だった七居は、次々恋人を取っかえ引っ変えする事で有名で、男女問わず人気があった。 細身で色白、小さい顔に通った鼻筋、色気の権化みたいなシュッとした目元、下唇が少し厚めなのも肉感的だ。 綺麗な黒髪がサラサラと風に揺れて、七居は本当に綺麗な男だったのだ。 当時七居に興味の無かった僕ですら、そういう認識は持っていた。 でも、七居と地味な僕とじゃ所属するコミュニティが違って接点が無かった。 なのにある日、七居は僕に付き合わないかと言ってどえらいモーションを掛けて来たのだ。 『えーと、何だっけ…?あ、…前から好きだったから、付き合ってくんね?』 セリフでもうおわかりかと思うが、勿論七居が僕に惚れていた訳ではない。 僕は七居と七居の取り巻き連中との、悪趣味な告白ゲーム、または罰ゲームに使われたんである。 で、そんな事、当然僕自身も気づく。 今迄話した事も目が合った事もないのにそんな訳あるか、と。 でも、学生間には学園カーストってのがあるだろう?身長があるってだけしか取り柄の無いカーストの下位の眼鏡ヲタク男子が、キラキラ上位組のモテ男に恥をかかせてみろよ。翌日からは針のむしろになる事請け合いだ。 仕方ないから僕は黙って頷いた。隠れて姿は見えないけれど、あちこちから小さくくすくすと笑うのが聴こえてたっけ。 それから2週間ばかり、七居と付き合ったか。その間七居の遊び場をあちこち連れ回されて、たった数日で僕は疲弊していた。 2週間目。最後の日に七居が僕にキスしたら、僕達は晴れて別れて他人に戻れるって事になってたらしい。俺も、告白ゲームの期間なんて大体それくらいだろうなと思ってたから、別れを切り出されるなら今日辺りだなーと思ってた。 昼休みに屋上で一緒に昼食を食べた後、世間話をしてて、ふと会話が途切れた時にキスをされた。七居の唇はふにゃっとしてて、僕はキスは初体験だったけど、悪くないなと思った。 1回だけで良いだろうと思って、僕はヤレヤレと立ち上がった。長かった2週間を思いながら。 『じゃ、もうこれでゲームセットで良いのかな?』 立ち上がって七居を見下ろしながら言った僕を、七居は驚いたように見上げた。 『知ってたの?』 『いや、普通最初でわかるでしょ。』 今どき古式ゆかしい告白ゲームを知らない奴なんているのか、と思いながら溜息を吐いちゃったよ。 七居は立ち上がり、僕を見つめながら妙な事を言った。 『俺の事、好きになった?』 僕はキョトンとしてしまった。え、何で? 『は?』 『俺に惚れてない?』 僕はハッと気づいて、七居に問い返した。 『…もしかして、惚れさせる迄がセットなの?キスだけじゃ駄目だった?』 すると七居は、いや…と妙に歯切れが悪い。 『でも、キス拒まなかったじゃん。それに普通は…、』 『そりゃまあ、この手のゲームってそんなもんだろうなって思ってたから?』 僕が笑いながらそう返すと、何故か眉を寄せる七居。 まあ、言いたい事はわかる。生まれてこのかた、ずっと好かれて来たんだろうな。最初に七居をそんなに好きじゃない人間でも、日常的にゼロ距離スキンシップをされたり笑顔を向けられたりすると、コロッと心を奪われたりしてたんだろう。 でもだからって、別に僕が彼を好きにならなきゃならないって事は無いんじゃない?その辺は個人の自由にさせて欲しい。僕の嫁は2次元だけで十分。 七居は信じられないって顔をしてた。それで、もう一度キスを仕掛けて来ようとして、今度はさっき邪魔そうにしていた僕の眼鏡を除けようと指を掛けた。 『ちょっと、七居君…。』 『…は?』 七居は目を丸くして僕の顔を見て、僕は彼の手から眼鏡を取り戻し、掛けた。 『…。』 『まあ、僕が七居君を好きになってた方が都合が良いならそういう事にしといてくれても良いよ。 だからもう今日迄で勘弁して欲しい。 毎日疲れ過ぎて寝ちゃうからゲームにログインも出来ないんだ。』 『……ああ、うん…。』 『良かった。じゃあ、2週間、ありがとうございました。』 僕はまだ気の抜けたように呆然としている七居を屋上に残したまま、教室に戻った。僕らは教室もAとDで違った。なのに、たかだか罰ゲームを遂行する為だけに休み時間毎に僕の教室に来ていた七居のマメさには頭が下がる思いだ。人ひとり揶揄う為に、よくもそんなに時間と労力をと感心してた。よっぽどのものを賭けてたんだろうか。 未だに聞いてないけど。 …とまあ、その時はそうやって普通にお別れした。キスしてたのは多分、取り巻きの何人かは見てた筈だから、七居の面目は立ってるんだし、僕のファーストキスが犠牲になった以外は、後腐れない別れだったと思う。 けれど、何故か。 それから1週間も経たない内に、再び七居は僕に接触してきた。 『付き合ってくれ。』 と言って。 『ゲームはもう他でお願いできない? 今、チーム戦控えてるから忙しいんだ。』 困惑しながらそう言った僕に、七居は首を振った。 『違う。ゲームじゃない。俺が、お前と付き合いたいの。』 『…は?何で僕?』 僕は心底困惑した。 『何も僕みたいなブサイクと付き合わなくても、君の周りには…。』 イケメンも可愛い子もたくさんいるだろ、と言おうとした言葉は途中で遮られた。 『ブサイク?何を言ってるのかわからないけど、』 言葉を一旦区切って息を吸い、意を決したように七居は言った。 『俺、出原が好き。』 出原 祥(いずはら さち)。僕の名前。その頃は未だ、七居は僕の事を名字で呼んでたんだ。 で、真剣な顔と声で、出原が好きと言われた。 ゲーム開始の最初の告白の軽さが嘘みたいに、真に迫った告白だった。 『…僕、七居君が望むような付き合い方は出来ないよ。引っ張り回されるのも疲れるし好きじゃない。』 暗に断りたいという含みを持たせて言ったつもりだった。でも、彼は首を傾げてこう言った。 『なら、出原に合わせるよ。ずっとインドアでも構わないし。』 何でそんなに僕に譲歩して迄付き合いたいんだろう、変わった人だなと訝しく思って七居を見るが、彼は神妙な顔つき。 どうやら本気らしい。 本気なら本気で、断った場合、また針のむしろなんだろうなと憂鬱になった僕は、再度その告白を受け入れるしかなかった。 そして、まさにそこから僕達の腐れ縁とも言うべき関係はスタートしたのだ。
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