雨 宿 り

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雨 宿 り

 途中で晴幸に出会うことも無く、雷斗が『弥勒堂』に来てみれば店は臨時休業だった。はて晴幸は何処へ行ってしまったのやらと、雷斗が来た道を戻り掛けると急に雨足が強まり、余りの烈しさに堪らず目に付いた書店に逃げ込み、雨を凌げホッ──とひと息着いた雷斗は、雨の勢いが緩むまでと外の様子が見越せる窓際に立ち、平台から雑誌を一冊手に取ってパラパラと紙面を眺めた。  雷斗が手にしたその雑誌は、以前連載作品を幾つか寄稿したことのある文芸雑誌で、この雑誌が縁で晴幸は書生として雷斗の元へやって来た。   「可愛い読書感想を沢山貰った」  作品が掲載される度、晴幸は丁寧な感想文を寄せてくれた。   「──書生など早いと思ったのだが……」  晴幸に会ってみたいと、会って話をしてみたいと出版社に間へ入って貰い、晴幸を屋敷に呼んだ。  学生服も初々しく、聞いていた年齢依りも随分と幼く感じる可愛いらしさだった。白い肌が真珠のように清楚な輝きを放って思えた。純真そうな済んだ大きな黒い瞳と、微笑んだ時にチラ──と覗く、白い前歯が愛くるしかった。    挨拶を交わした時、羞恥(はじ)らいながら伏せた瞼蓋と頬が淡く彩づいていた。    一目見て気に入ってしまった雷斗は、歓談に時を忘れるほどで、美代が紅茶のお代わりを尋きに来る頃、晴幸を書生に迎えたいと、雷斗の心は決まっていた。    書生は彼しか考えられ無い。と──  けれど、雷斗の申し出に晴幸は『畏れ多い』と首を振り、雷斗が重ねて希望を向けると少し考えさせて欲しいと返事は保留された。    答えを聞くまでのひと月が、雷斗には何と長く感じたことか。  両親に付き添われ雷斗の元へやって来たあの日、『宜しくお願い致します』と三つ指を着いて挨拶した晴幸の小さい背中が思い出され、自分は何依りも大切にすると胸に誓ったのだ──。  依然降り止まぬ沛雨(はいう)に、雷斗は独り途方に暮れた。  立ち読みで文芸雑誌を粗方読み終えてしまった雷斗は、こうしていても仕方ないと雨足が弱まったのを機に屋敷へ戻った。
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