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書 生 帰 還
雷斗が屋敷に戻り、未だ晴幸が帰っていない事に落胆しつつも美代に急かさえ夕食を採り、入浴を済ませた頃漸く晴幸が濡れ鼠の体で戻って来た。
ホッ──と安堵に緩み掛けた頬を隠すように雷斗が外方を向くと、
「遅くなって……申し訳ありませんでした」
と呟きながら机の前までやって来た晴幸は、割烹着のポケットから『弥勒堂ブラック№1』のインク瓶を机の上に置いた。
チラッと目をくれた雷斗が『弥勒堂』は休業していただろうとインク瓶を指摘し問い質すと、桐ケ谷 悠聖に譲り受けたと答えた。
「──悠聖の屋敷へ行ったと言うのか?」
驚きの余り雷斗が声を荒げると、ビクリ──と肩を竦めた晴幸は途端に項垂れてしまい、そんな様子を繫々と観察した雷斗は晴幸の着物が酷く乱れていることに気付き、
「何だ? その態りは?」
思わず声を上げると、晴幸は慌てて身を隠すように縮こまり背中を向けた。
「先生……済みません。済みません……」
小さく呟いた晴幸の声は掠れ、震えてしまっていた。
「──? 何があったのだ? 晴幸、答えられないようなことか?」
自分を抑えようと、机に置いて握った拳をもじもじさせながら、雷斗は尋ねたが晴幸は顔を伏せて泣くばかりだった。
乱れた着物の様子を見れば、晴幸が悠聖に辱しめを受けたことなど改めて聞くまでも無いことだった。
「……もう良い。風呂に入って寝なさい」
眉間の皺を深くした雷斗は、素っ気なく言い放つと晴幸を下がらせた。
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