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雷斗に言われた通りに浴室へ入ると、晴幸は手早く身体を洗い湯船に肩まで浸った。憂鬱を胸にぼんやり湯面を眺めていると、脱衣場で人の気配が立ち、
「晴坊──、お湯が冷めてしまってるでしょう? 焚きなおしましょうか?」
遠慮がちに美代が声を掛けて来た。確かに湯は若干微温くはあったが、雨に打たれて冷え切った晴幸の身体を温めるには十分の温度で、大丈夫だと伝えた晴幸は、湯船に肩まで浸かって瞼蓋を閉じた。
「うっかりだった。一刻も早く先生の顔を見たくて、着物の乱れを直すことまで気が回らなかった──」
帰宅に時間の掛かり過ぎたことへの憤懣か、ツン──と雷斗に顔を背向けられ、晴幸の頭は真っ白になってしまっていた。
「穢された奴と、嫌われただろうか?」
悠聖の一方的な想いを強引にぶつけられただけだが、起こったことを無かったことには出来ないのだから。
美代が湯を追い焚きしてくれているのだろう。じわじわと更なる温かさが晴幸の瘦躯を包み、まるで雷斗に優しく抱き締められる心地良さだった。
「先生、ごめんなさい……」
呟いた晴幸は更に深く顎まで湯船に沈み、流れる涙を湯に溶かした。
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